スタートレックとサマーウォーズのおばあちゃん
「この前スタートレックを見ててさ、あのサマーウォーズのおばあちゃんのことを思い出したんだよね。彰宏君なんか言ってたでしょあのおばあちゃんのこと。なんだっけあの話?」
「ああ、あのおばあちゃんの性能がなんちゃってで低いって話ですかね」
「そうそれ。もう2年前だけど。思い出してよ」
「僕はしつこいからかまいませんよ。あのおばあちゃんはですね、なんだかんだで性能低いんですよ。だってさ、危機の原因に最も詳しい男が帰ってきたときに、いきなり対話を拒否するでしょう。薙刀突きつけてぶったおしたりして。そんなの危機を解決しようってふるまいじゃないですよね。感情としては、身内からとんでもないことをしでかしたやつがでた怒り、恥ずかしさ、情けなさ、いろいろあるかもしれない。だけど大きな危機であるほど、感情の問題じゃなくなって、自分の直接の感情をおさえて演技、ロールプレイをしなきゃいけなくなる。そうでしょう?」
「そんなこと言ってたね」
「あんな叔父さん、がんばったよーとか言っちゃってのこのこと帰ってくる、のどをなでてもらいにきたみたいな、据え膳みたいな男を。ちょっとなでてやれば何でも喋りそう。なでてやればいい。それが大危機を解決しようって態度じゃないかな。それが、あんなふうにいきなりプログラマどなりつけたら、プログラマすねちゃって、バグとれなくなるのではないか? しかもつかまえとくどころか、逃しちゃうし。何やってんだよ。まず何よりプログラマを離さないことでしょ。プログラマにいてもらわなきゃバグとれるわけないでしょ。そんなプロジェクトマネージャーいるか?」
「どうした、落ち着け」
「ああいや、失礼。取り乱しました」
「いろいろあるようだな」
「まあ。あと、あれですね、あのおばあちゃん、あの危機の始まったときに、息子たちに電話をかけるでしょう」
「がんばりなさい、ってね」
「あれは性能が低い! あれはないですよ。あれはやらないでしょう」
「また盛り上がってきたな」
「あの息子たち、警察官、消防救命士、自衛隊員などとして務めている人員に、大規模災害が起きたときに家から電話をかける。これは性能が低い。まず基本的に、災害時に電話をかけるというのがよくないでしょ」
「輻輳を起こすからね」
「しかもその内容が安否確認ですらなくて、『非常事態だ、気合を入れろ』ですよ、どういうことだと。警察官、消防救命士、自衛隊員の皆さんってのはさ、そりゃ平時の日々の日常の間にも勤務があって、働いていますよ。でもあのひとたちの本務は非常事態にあって、一朝事あらばのときのために訓練を積み、指揮連絡系統を鍛え叩き上げているわけでしょう。死活の非常事態こそ、かれらがその時のために備えてきた任務なわけですよ。それがいざそれが起きたというときに指揮系統外の横あいから電話を入れて、『気合入れてがんばれ』とか、どういうことかと。あのおばあちゃんは自分の息子たちがどういう仕事についてどういう組織の中で働いているのかよくわかっていない。またその意味で息子たちを信頼することもできていない。もし、そういう警急の人員として息子たちを十分育て上げられたと思えているのなら、あの場面では『息子たちはしっかりやっているはずだ、今こそ自分たちの職務を果たしているだろう』と信頼しているはずで、電話なんてかけるはずがない。現場は激務どころか、それこそまさに火事場になってるに決まってるんだからさ。」
「どうどう」
「失礼、たびたび。あのおばあちゃんは元教員だって話ですけど、本当に数十人数百人の人間を管理していたのか、よくわかりませんね」
「じゃあスタートレックの話をしていいかな」
「はいはい。どうぞ」
「ええとね、スタートレックのシリーズっていうのは、あの各シリーズの主役の艦長たちがリーダーとしてうまくさばいてみせるように、逆算されて危機のプロットが作られてるんだよ」
「ほう」
「カークならこうする、それでうまくいく展開になるのは、こういう危機だ。ピカードならこうする、それでうまくいくっていう展開になるのは、こういう危機だ。悪魔艦長ならこうする、それでうまくいくっていうのは、こういう危機だ。」
「ほうほう」
「たとえばカークなら、『俺はうまくいく秘策がある。だから逃げるという選択肢はない。あの敵艦を絶対阻止してみせる。』とか言う。それで、そんな秘策ないんだけどね。やつの十八番のハッタリだ。で、そのハッタリを言っている間に、部下が『そうかやるのか』『やるならやらねば』って言ってあれこれ試して、『艦長!このナンタラ・カンタラ・ゲートを起動すればうまくいきます。リスクもありますがやりますか?』って対処案を見つけ出してくる。カークが『よし、やれ!』って命令して、やって、うまくいく。」
「つまり、方針を決めて、案を出させ、それを承認する役だと」
「その通り。逃げずに戦うんだという方針を決め、ハッタリを言って時間をかせぎ、部下の作業時間を確保して、出てきた対処案のリスクを聞いた上で『やれ!』ってゴーサインを出すのがカークだ。」
「ふんふん。じゃあお禿さんのピカード艦長は」
「ピカードはけっこうまじめに正攻法で解決する」
「え」
「あんまひねくれたことはしないで解決する。優等生みたいな。」
「まっとうなのね。ふーむ。では悪魔艦長は。なんて名前でしたっけ」
「悪魔艦長、ジェインウェイ艦長だな。悪魔艦長は、人非人的に、倫理を犠牲にして解決する。それやっちゃっていいのかよ…? と躊躇するような対処案を『やれ!』ってゴーを命令する。人質をとったり、異星人にウィルスを感染させるとかね。ひどいやつだよ。同じようなシチュエーションでもピカードなら『彼らも生きものなんだからそれはだめだ』って言ってやらないんだけどね。」
「ふんふん」
「そして悪魔艦長は自分を棚上げにして、敵が同じようなことをやると毒づいたりする。『ごろつきめ』とか。そういうリーダー。ニコニコ動画だと『お前が言うな』コメントで弾幕ができる。」
「それってアメリカ人はどうコメントしてるんですか? やっぱりデビルキャプテンとか言ってるの? それとも、これはこれでアリではある、って評価なのかな」
「どうなんだろうね。」
「まあ、そういうリーダーというのも成立するんだという話なんでしょうね」
「かな。だからサマーウォーズでもさ、あのおばあちゃんがリーダーとしてうまくいくように、あの危機が組まれていなくてはいけないはずなんだよ」
「ははー?」
「あのおばあちゃんはどのようなリーダーなのか、そしてそのリーダーがその危機をなんとかして解決してみせる。そういう話になっているはずなんだよ。まあおばあちゃんは途中で死んじゃうから、最後まで解決はできないにせよ、その道筋を作ったりできるはずでしょう」
「対処の土台を作って、あと、何か言い遺すとかですか」
「そう。だから、スタートレックでいうとたとえばカークなら、あの叔父さんとはとりあえず殴り合いをするけど、それは勝ちはしない。腕っ節が強いわけじゃないからね。でも殴り合いを挑む気合いの男気はあるっていうリーダーだ。それでその後きっとハッタリで『あの人工知能を倒す秘策がある』とか言う。無いんだけどね。その間にあの家族の中の誰かが策を持ってきて、それを『よし、やれ!』って言って、解決するだろうね」
「ふんふん。ピカードなら?」
「ピカードならあの叔父さんと対話・交渉するね。そしてさらに人工知能と対話して解決するかな」
「あー。そういうかんじか。悪魔艦長なら?」
「悪魔艦長なら、あの叔父さんはとりあえず拘禁したりするだろうな。そして『このウィルスは効きますけど、世界のインフラに副次的災害が…』『やりなさい、命令よ!』だな。」
「さすがですね悪魔艦長。」
「もしスタートレックだったとしたらそうする。あのおばあちゃんを集団のリーダーとして活かしたいなら、なんかそういったなにかがあってもいいんじゃないかと思うわけだよ」
「そういうのほぼないんですよねあの話。むしろ逆で、こんなプロジェクトマネージャーじゃあデスマが終わらないよ、って話に見える」
「終りませんか」
「怒ったり電話かけたりいろいろするんだけど、ポジティブなワークフローにならないし、人員関係をロックアップさせてしまっている。そしてそのプロジェクトマネージャーが急死しちゃうと、ロックが外れてフローが前進方向に流れ始めて、デスマが解決される、という…」
「ええー?」
「ええー? いいのかそういう話で? いいんですかね?」
「そういう話なの?」
「まあ、S木はあれはそういう話だって言ってましたけど。あのおばあちゃんは使えない人なのだっていう。問題じたいはその後、おばあちゃん自身ではなく、おばあちゃんの残した思い出のもとに結束した親族の力でもって解決する。現実の親族関係や、あるいは組織構造における、年長者に対するある面そういうシビアな話なんだという。」
「へー」