指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

アップルシード/正しい探し漫画

 先週末アップルシードを観て来た。

 あのね

 俺ね

 今までね

 自分があんなにアップルシードを好きだとは知らなかった。



 ここしばらく、ガンダム雪風がすごいことになっているのを横から見ていて、「あらおかわいそう。ファンってたいへんですのね。」と微笑していたのです。やはり専門は防御性能で選んで、守りづらい突出部ができたらすぐにパージ、それが隙のないマニア人生ですよと。だがその脆いバルジを守ろうという忠誠心もまた見上げたものよ、ときどきからかってやるよと。

 その一方で、イノセンスが手堅い映画にまとまったため、その予告で流れたアップルシードに転び期待が高まっていました。いかにも映像化高難度なマイナーメジャー作品、まずもってつまづくとみてよし。ではどんなつまづき方になるか。その差分から、イノセンス攻殻押井守プロダクションIG士郎正宗についての語り口があらわれるかもしれない。それに俺の専門じゃないからな、例同様に負け方を見に行って、○| ̄|_る連中をなぐさめるふりをしつつからかうネタを仕入れに行こう。彼らを笑いに行こう。

 そしたらね、すごいことになった。

 もう超つらいの。目が上げられないというか耳も閉じたい勢い。H君が隣に座ってなかったら帰ってた。

 おかしいんですよ。僕がデュナンをあんなに愛しているはずがないんですよ。ヒトミの造形に苦しむような思い入れないはずですよ。なぜ僕の心がこんなにつらいんですか? もしかしてアップルシードって、僕の魂の漫画だったの?

 照明がついた時にはすっかり打ちのめされていました。




 あらすじ。

 大筋では、廃墟にヒトミが呼びに来て、すぐ蜘蛛でおわり。

 バイオロイドには生殖機能と感情がなくて、オリュンポス正規軍(人間のみ)の将軍がアテナにクーデターをたくらんでて

 バイオロイドの生殖機能を復活させる秘密の技術の開発者がデュナンのおかんで、15年前に手違いで正規軍に殺されてて、デュナンのペンダントにその秘密が

 ブリアレオスは最初廃墟にいなくて、体を失ったときにデュナンとはぐれてて、既にアテナの部下として登場して

 デュナンを巻き込まないために裏切ってて

 で最後のほうで「お前を巻き込みたくなかった……ゲホゲホ」「もう喋らないで!(これ本当に言う) そこにヨシツネがギュゲスで

 どうですか。まいったか。なにまだ?

 こう酒場のシーンで、ヒトミが

「バイオロイドは感情が抑制されてるの。

「ねえ、

「恋するって、どんな気持ち?」

 うぎゃあああああ

 あと子安武人が将軍の副官で、リボルバーつきつけて「お前の親父が目障りだったんだよ…これは復讐なんだよ!」とかいって、つきつけてる銃振り払われて逆転されて撃ち殺されます。はい。ほんとに。

 そのシーンの後にはブリアレオスがデュナンだきかかえて200mダイブして海に飛び込み、そのあと、砂浜に打ち上げられます。

 以上の例より他の場面を類推せよ(20点)。

 全篇余すところなく普通でした。教訓は、他人を見に行くときは自分の退路を確保しとかなきゃ駄目。



 さて、思うに、士郎正宗先生の描く原作(以下アップルシード)の世界はとても住み心地がよさそうです。オリュンポスのモブの幸せそうなことといったら、教育のある人々がいろんな服を着ていろんな商売をしていて、それぞれに一家言を持ち、芝生とか散歩している。この絵面と演出とが強力にユートピアを構成していたわけですが、絵面でいえば冒頭の廃墟ですら、日当たりがよくておそろしくなごんでいる。二人きりでひなたぼっことかしていれば、ほぼビューティフルドリーマーのコンビニ生活級の絵面といえます。

 まず、このクラスの幸福な空間というのを、ポリゴン映像がいかに構成しうるか、というのが、今後の課題と考えられます。ICOのお城はかなり日当たりよかったですので、廃墟と公園の幸せはあれを参考にするとして、次挑むべきは、街頭と室内の幸せの描写でしょう。色使いに注意して、灰色とか、青とか赤とかのきつい古き良き神経の滅入るSF古典な色彩設計は避ける。

 イノセンスの街頭は基本的に幸福じゃなかったし、北端の人形祭りは楽しそうですが幸せまでは行かない、しっとりした絵面。幸せな街頭モブといえば手塚先生、たとえばメトロポリスですが、劇場アニメ化されたときはアキラ的な嫌さの街頭になっており、時代が進んじゃってるなあと思ったものです。他には…人狼の街頭モブって、しあわせ?



 次に、士郎正宗先生の漫画を読む楽しみで重要なものに、正しい探しがあります。

 これは先生の高密度な絵とネームとプロットの中から、正しいものを見つけていく遊びで、現代都市戦闘戦術、格闘技術、地下闘争技術、生物/電子/情報科学、社会科学、などなどに基づく「正しい描写」が作中のそこかしこに埋め込まれているのでそれをチェキしていくというものです。

 一般に漫画では、ゆるやかに間違った世界と物語があり、その中で大きく派手に間違った描写を提示して、そこに読者の「おいおいそれ間違ってる間違ってる」という突っ込みを期待し、またそこが見せ場です。北斗の拳で人が爆発するみたいな。最近の傑作では漫画版のスクライドとか。しかし、士郎先生の場合、ゆるやかに間違った世界と物語の中に正しい部分が散らばっており、読者は「あ、ここ正しいんですね先生」という突っ込みをしていくことになります。

 たとえば多脚砲台戦で言うと、巨大兵器が暴走してヒーローヒロインの活躍により倒される、というのがゆるやかに間違った物語であり、その中で、ESWAT隊長の大佐が、煙幕焚けとかワイヤーで足下から切り崩せとか、急ぎつつ焦らず的確に、おじさんお兄さんたちを指揮して砲台を止めます。そして指揮体系を外れて独断専行して成功したデュナンとブリアレオスを、話の最後で「運が良かったから赤点じゃなくて済んだのであって、零点。」と評して釘をさす。これらが正しい部分です。この例はまだ部分として大きなものであり、大半はもっと細かい。格闘戦での足の踏み込みとか、組織内でする手抜きの程度(ワインで乾杯/内部監査)など。あるいは、数メートルサイズのパワードスーツの都市戦闘への応用というけっこうきつく間違ったフィーチャーに対して、その部分として、角の向こう側を覗くためのカメラアームとか、操作腕を押さえれば作業腕を封じられるとかいった、正しく小さなフィーチャーが含まれる。

 他に最近では攻殻機動隊1.5で、追跡中の犯人が振り返ったので反射的に遮蔽物の陰に隠れる→犯人はあらかじめそれらの箇所に爆弾を撒いていて起爆→ギニャー というシークエンスなど、別にそこに限らず、むしろ3コマに2個とかあるわけで、数えていくときりのないことですが、ああ、正しいなあ、あらまほしいことであるなあ、とほっとします。

 ここで留意。正しいフィーチャーがたくさん埋め込まれていて、それらを発見するのに適切な抵抗(難易度)があれば、そのひとつひとつを指呼していくことで快楽となりますが、それを、「正しい状態(現実)により近いほうがより優れている。したがって、間違った箇所を潰していけばよい」と考えるのは怪しい。減点式よりもパレアニスト(ポリアンナ)。正しい探しにおいて、パン生地は甘く間違っていてよい。

 動画作品において、たとえばゲームでいえば、ウルティマオンラインなどで、世界の隅々まで挙動を作り込んでやろうというアプローチがこれに近い。プレイヤーはその世界の細部をチェキって、ここも作り込んである、ここにも応答がある、と楽しむ。ですがやはり根本的に、ゲームの世界観はプレイヤーの入力によって容易に壊されてしまうので、正しさをネタにすることは困難。いっぽう映画では、実写作品では望んだ画像そのままを得ることの困難が厳しい。よってアニメ映画が、理論上は、適しており、「3カットに2箇所正しいフィーチャーの含まれる正解探しアニメthe博覧強記日本一決定戦」が可能なはずですが、需要があるかどうかは不明です。また、コマの大きさとか漫符とか長ネームとか同一時点での大量の吹き出し/内語とか、(欄外とか)、漫画にはすごい説明力が強力なので、その差が映画化を考えたとき大きいと思われます。

 より正確に言えば、漫画はフックを大量に並べることについて有利だ。ある題目ひとつについて、論理の帰結やデータを深く掘っていくならば、文章のほうが上ですが、多数の題目を並べてそれぞれへの入口だけを提供するのなら漫画が強い。「言うまでもない」閾値よりも「描くまでもない」閾値のほうがずっとゆるいことから、小さなネタを埋め込むことが容易です。小ネタに関しておそらく文章さんより漫画さんのほうが心が広い(文章さんは小ネタをすぐボツにする。「本論の邪魔。もっと気合入れて自然に埋め込めないの?括弧で括るか、脚注行きか、削除。」)。だから漫画は、いわばハブ/ポータルであり、説明力というより提示力とでも呼ぶべきか。



 ところでポリゴン映画って何の絵が撮れて嬉しいんですかね? まずひとつは、ヘリで大きなビルを回り込む絵で、もうひとつは、林立する塔とか槍とかの間をカメラがぐーっと引いていく絵。これは細部と全体とのなめらかな転換とも言える(→ファイトクラブ冒頭)。あと、大軍勢。人物の静止画はアニメが得意とするところですが、ポリゴンだとなにか落ち着かなくてそわそわした絵面になる。なぜだろう。人間は、人間を見るときは画像処理済みの静止画として見たいってことかな? 未処理でリアルタイムに動いている人間は怖い人間。なぜなら人間の種内競争圧は大きいから。自分と同じ時空間内に動く人間がいるときは、DEFCON3で血圧上げろと。ポリゴン人間が微動しながらバストアップでカメラを見てるって絵面を2分間とかやると、異化効果とのコンボで、観客をすごい不安に陥れうるのかもしれん。ホラー映画か。

 重量物の表現は解像度の低かったころは不得意でしたが今は閾値を越え、むしろ得意になっていくと思われる。大量のパーティクルも得意。このへんは今回の多脚砲台描写で生きていた。





参考:魚蹴さんのゴジラ FINAL WARS感想「鑑賞後に話し合った結果、王子も僕も楽しめたのは、ほどよく愛がなかったからだろう、という結論に達しました。」

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