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怒りから始めたとして、それを埋める

 なにかたとえば文章を書き始めるとき、最初に書き始めるその原動の動機には、どこかでなにかについての他人の文章を読んで、もののわからぬ愚か者どもめ俺が正してやる聞け聞けえみたいな強気な怒りが含まれていることがある。その怒りがメッセージだとして、しかし、そのメッセージを文章さんの監督下に膨らまし修飾し仕上げていくうちに、文章さん、すなわち過去数千年の文章屋たちの仕事の積み重ねが効いて来て、そんなメッセージの重要性を比較上小さくし、埋もれさせてしまう。

 これは、言ってみれば、血圧の高いメッセージであっても、それを文章さんを使って表現しよう、と決断した時点で、その手段の選択までふくめた総体としては、けっこう愛だろうということになるという。

 たとえばいにしえのエヴァンゲリオン庵野監督とでいうと、終盤、オタクどもめ聞け聞けえみたいなメッセージが含まれていたとされる、が、そのメッセージがTV/劇場アニメで表現すると決められた時点でもう、トータルではそんなメッセージは凌駕されてしまう。アニメーションの歴史数十年の間に先人が積み貯めてきた様式やら世界観の質量が大きく、またアニメは非常に多数の人間による共同作業でもある。この場合のエピソード:Production I.G人狼制作日記の2月16日、アスカと鶴と磯光雄

 すなわち、サブマシンガンがうなり、かわいいお姉ちゃん達がばたばた死に、船は折れ表土吹き飛びロボ大暴れ、そうした楽しくてならぬことどもが様式として敷かれ、その様式を今現在描いている作画原画動画仕上背景…の人がたくさんいて、それぞれがわれわれを楽しませるべく新たな工夫を練り、締切に追われてすごい形相で迫ってきているのだから、こっちはそれを楽しむのに大忙しで、メッセージを気に病むほどの暇がない。

 さらに、集団による作業というだけでなく、監督個人のみを考えた場合でも、メッセージを選ぶというのはその多岐千岐にわたる仕事の一部であって、その他の大量の仕事でだいたい、監督はわれわれを楽しませるためにてんてこ舞いをしている。そんなハツカネズミみたいなざまで、愚か者どもめとか言われても、ぜんぜんにこやかに聞くことができる。

 トータルではおれら愛されてるぜ、有難いことだなあと思ってしまってよい。

 アニメーションや映画やゲームは作るための人数が多いので、この理屈を楽勝で通しやすい。文章は書く人が一人なのでその点が危険になるが、歴史の長さと蓄積量が段違いに優れる。





今回グーグルでひっかかった本論と関連が薄いが面白いページ

もっとアニメを観よう 井上・今石・小黒座談会(5)

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