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堕落オチの禁止(/蝙蝠)

 作品の話をして、最後に、人々が堕落している、と言って締めるのを禁止。


・作品はいいんだけれど、ファンが堕落しており気に食わない。

・これは良い作品だが大部分の読者にはただ消費されるだけだろう。まったく、堕落している。

・悪い作品だ。これが受けるのは、視聴者が劣化しているからとしか思えない。まったく嘆かわしい。

 読者、視聴者、消費者その他、世人諸人を持ち出して理屈にからめるのは、それら不特定多人数への統計的薀蓄知見を必要とする技で、その支援投入がないと危険だ。つまり俺禁止第12項製作者の努力の評価の禁止と類似の理屈になる。そして不特定多人数というやつは、製作者よりもさらに霞がかった、磨りガラスの向こう側にいるので、具体性を加えにくい。

 オタク界隈に限定して考えると、堕落オチとオタクによるオタク貶しは親和性が高く、しばしば見られる。内ゲバは一般に危険である。喧嘩相手に共通の知識、世界観、理論の基盤があるため、戦いがコミュニケーションとして容易に噛み合いすぎる。



同じ話題の別バージョン:



 理屈話の話の流し方にはいろいろありますが、選択のひとつに、堕落で流すという手があります。つまり、「……、だからダメなんだ、やれやれ。」「……、……、まったくこんな連中ばかりだ。」「……にみられるように、世の中は劣化しつつある、sigh」という流し方です。これは危険です。堕落論調だと、自分がその一員ではなくなってしまいます。そうなると、その分野について知らないふりをしたり、その分野から離れる姿勢を示したりしがちで、語りが苦しくなります。また一般に、肯定および否定は、話を浅く回収します。

 自らがその中にいる状況を否定せず、自身に認めたほうが、比較的自然に、無理少なく、考えを進め広げていくことができます。つまり内省しつつ、否定しきらない。肯定と否定の狭間に立って、蝙蝠のように歩むのがお勧めです。そもが興味ある問題とは、肯定と否定の間にあることが多いものでもあります。



さらに別バージョン(見積りと動機と正直さ):



 堕落オチの禁止というのは、文章を書く見積りと動機と正直さとの問題にかなり近い話です。まず第一に見積りについてですが、文章を書き始めるときというのは、このネタをこう語った文章はあんまり世に出回ってないはずだぞ、この語りはそんなに世の中に溢れてる話じゃあないはずだ、という見積りがある場合が多いものです。この見積りは、一歩強気に進めると、世の人々は気付いていない、という気持ちになります。次に動機。われわれは何かを語っていると、その話をなぜ語り始めたのか、その理由、その動機を語りたくなるものです。さてこのふたつが噛み合ったところに、正直さの登場です。つまりその昔どこかで、われわれは、自分の感情と思考、感じたことや思ったことを、正直に書きなさい、そのまま表現しなさい、と習ったことがあります。だもんで作文というのは正直にやるものだという手筋が残っていて、この筋にひっぱられることがままある。見積りと動機を正直に、明確に、端的に、強調して書き記してしまうことがある*1

 なお、正直に書きなさい、という方針は、たいていの教育がそうせざるをえないのと同様、粗い第一近似であって、原子が物質の最小構成要素ですというようなものです。たいがいの習ったことというのは学んでいくと近似、強気に言えば嘘であることが判明していくものです。正直に書きなさい――たしかになんにもないところから教え始めるのだから、正直に書きなさいというアドバイスぐらいしかとりあえず言えない。まあそれはしようがない。

 ※参考:正直、責任、明白なバグ/以上三点禁止





*1 正直に、明確に、端的に、強調して

 そもそも正直にという言葉は、強調して、露骨にディフォルメして、という意味を含んでいるんだよな。だから不正確なのだとも言える。

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