あなたの知らないインターステラーのネタバレ感想
「もつ鍋ですか。いいですね…そう、僕もインターステラーを観てきましたよ」
「おお。この鯛の刺身も試して。切れ味の悪い包丁で切ったが、はい、わさびも」
(ネタバレの危険が高いです)「うまい! これはうまいです。ああ、白米がほしいなー。野菜はそろそろいいかもですね」
「飯のかわりにこの樽おろしの日本酒をいって。この先の酒屋で毎年、大晦日と正月にだけ売るやつだ。よし…で、インターステラーはどうだった」
「いただきます。そうですね、
ガガガーンバチバチ「音と明滅が不快だ!ストレスだ!」
→ 収まる
→ 「ふーよかった助かった…あ、ストーリー好転したの?いいんじゃない、理屈よくわからんけど」
という手を連発していた感がありますね」
「はは」
「あと、あれですね、この映画のひとは『銃夢』の木城ゆきと先生と仲がいいですねおそらく」
「なにそれ」
「それまで立派なこと言っていた格好良さそうな人が、一皮ペルソナを壊されるとガタガタに崩れ落ちてのたうちまわる、そしてそれをねちっこく長尺でカメラに収めることにモチベーションがある。一種の愛情ですか」
「愛情?」
「漫画版を描いてくれないかなあ、木城先生テクスチャで泣き出すブランド教授とかすごく見たいんですが…きっとねちっこく数ページ使いますよ。あと、振り返りざまに博士がジェットパンチ撃ってくるシーンとか完璧に銃夢のコマ割りで脳内再生できる」
「そ…うかなあ」
「考証と話のつじつまの多少抜けててもネタと絵のハッタリで一定限押せるんだ!っていう温度感もよく似てましたね。先輩はどうでしたか。そろそろそのワインも開けませんか」
「いいよ。ナイフ取って…あれさ、あのブランド教授のやってることが、見た後すぐはよくわからなかったんだよね」
「なんか死に際に『許してくれ、嘘をついていたのだ』とか言いますけど、そこらへんですか」
「そうそこ。でも、見てから十回くらい風呂に入ったらわかってきた気がする」
「ほう」
「あれはさあ、初見、マン博士が主人公を裏切るところが印象に残るけれど、実はブランド教授も、そしてブランド教授のほうがより大きな裏切りを働いている、というところがポイントなんだ」
「うん?」
「ブランド教授はNASAを仕切っていて、そのNASAがやっているプロジェクトはふたつのプランを並列に進めている。
プランA:重力制御技術の謎を解明しスペースコロニーを大量実用化して地球人類を移住させて救う
プランB:数百の冷凍受精卵をワームホールの先のいずれかの惑星に届け、そこでその数百から新たに人類を再建する。地球人類は諦める
このふたつがあるわけだが、どちらも失敗する可能性がある。
まず当初段階ではこれがどちらもわからなかったので、両方を並列して進めているわけ、だ、という…触れ込みをブランド教授は言うんだが、映画の後半入り際でブランド教授が寿命で死ぬ、その臨終の床に弟子であるマーフィーを呼び付けて告白するね。『自分は嘘をついていた。許してくれ。方程式は解けないのだ。プランAに望みはない』。それで死んじゃう」
「死んじゃいますね」
「彼のいう嘘はいったいどういう嘘なのか。考えるにこれはさ、ブランド教授は自分の娘であるアメリア・ブランドを生き残らせるために人類全体を裏切ってたのよ」
「ふむ?」
「思うに、彼はプロジェクトのかなり初期に、自分では重力の方程式が解明できず、プランAに望みがないと判断したんだよ。しかし自分自身は重力の専門家なわけだから、それを報告したらプロジェクトを仕切る座を降りて、権力を放棄することになる。すると、自分の娘であるアメリア・ブランドをプランBの宇宙飛行士枠に確定できなくなる」
「ほほう」
「だから教授は、プランAに望みはあります、AもBもフィフティ・フィフティの可能性があってまだどちらとも言えません、って報告し続けて、自分の権力を保持しつつ、内心ではアメリアをプランBでの新生人類たちの母、『新世界のイブ』にすることを狙うことにした。重力の方程式は解けるかな、解けないかな、きっと解けます、私は確信を持っています、もう少しです、と言い続けて、実際にはぐるぐる堂々めぐりでもって研究をしているふりをしていた。そういう綱渡りをしていたわけだ。方程式は解けない、という結論に、自分以外の誰一人も辿り着かないように隠し続けた」
「えー」
「彼はだから数十年だかの間、娘も含めて人類全体を相手に大隠蔽をしきってみせた大したタマなんだよ。そしてそうして嘘をつきつづけてきたことに完全に悪人に開き直ることもできないから、死に際に心の呵責に堪え切れなくなって、マーフィーを呼んで短く告白して涙を流してから死ぬ。もう宇宙船ははるか手の届かない先に飛んでいっているから彼の目論見を覆すことはできず、安全だからね。これはひどい仕打ちで、言い逃げをくらったマーフィーはいい面の皮だ。そういう小賢しい死に方をする」
「あれはそういうシーンなんですか」
「やつはご立派そうなことを言っているがやっていたことはヤバいタマなんだよ。だから、あの映画はそれぞれの娘を救おうとする主人公と教授、二人の父親の対決、という構図になる。そして姿勢の違うこの二人のうち、まっとうなやつが勝つ、建前ではなく心の底のレベルで誠実に行動したほうの父親が勝って、自らの娘を救い、それによって結局人類全体も救い、さらに最後もう一人の娘をも救いに行くという勧善救善の説話になるんだ」
「本当かなあ? それもう一杯いただけますか?」
「より抽象化して読むと、あの話は、人類全体が滅ぶ、という極限の危機まで追い込まれても、プレイヤーたちは虚偽なく一心に協力できるわけではない、という話にもなるかな。だってその集団全体が滅ぶかもしれない、という危機なら、なんとかそのごく一部だけでも生残させることにすべての物的人的リソースを集中しよう、ということになるから、ではその生存プランのために有用だったりなんらかの評価として価値がある構成員がその『ごく一部』になるわけだ。この映画で言えばプランA・Bのスタッフがそれであり、そこに入れなかった人的リソースは生き残りリストの下順に回される。あるいはたとえば戦争なら、ある末期的な戦局において、たとえばもう戦艦より空母を使う、そしてやがて空母より地上航空基地のほうを使う、などという評価の転換のたびに、評価のおちた兵種は防御陣の外側に置かれる。ごく一部しか生き残らせられないなら、貴重な兵種を生き残りやすく運用しようとする。それ、そこにチーズもあるよ」
「ふむふむ。このハーブとニンニク入りのチーズいいですね。クラコットにも合う」
「このウィスキーはちょっと匂いきついな。面白いけど…強いし危険だな。それで、ところがこうしたとき、それらを評価する方法というのはそんな明快明白にわかったりはしない。戦艦なのか空母なのかなんてやってみるまでわからない賭けだし、戦略や生存プランは専門的になると外部から見通しにくくなる。そういうところではブランド教授みたいに身内を生き残らせるために評価情報を隠蔽したりしはじめるプレイヤーもいるわけだ」
「このハム開けていいですか?」
「やはりなにか米もあったほうがいいな。鉄火巻きがあればよかったね」