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「風立ちぬ」は妄想の話ではない

カプローニ先生と二郎

「お、風立ちぬですね。めちゃめちゃ面白いですよね」

「夢のシーンがいいね。妄想爆発ってかんじで」

「ああ、それですが、僕はこれを妄想の話っていうのは、失礼ながら大きく違うとこあると思うんですよね」

「お… ほう?」

「この夢のシーンを、妄想とか、あるいは主人公が何かすごい夢を見ることのできる能力を持っている人だ、といったふうにも見る向きがあるんですが、その必要はないと思うんですよ」

「ふむ? 聞こうじゃないか」





「たとえばですね、あのイタリア人のおじさん。いますよね夢の中で何度も会う」

「カプローニおじさんね」

「そう、あのカプローニ先生と夢の中で何度も会う。あれは妄想だ、白昼夢の中だ、という見方もあるけれど、そうでもない」

「ないのか」

「あれは二郎先生が、飛行機について学んでいるところなんですよ。書籍や雑誌を読んだり新聞記事を見たりしていく中で、カプローニというイタリアの設計家がいて、このような仕事をしてこういうものを作っているということを知っていく。こういう人のようにやっていく道がいま拓かれつつあるんだな、と学んで、弟子入りしていく。それは一種の一方的なものですが」

「時間的・空間的に離れた、海の向こうの人にも、一方通行の弟子入りができるというわけか」

「ですです。一方通行の弟子入り。だから、あの夢の中でカプローニ先生と二郎先生が語り合うのは、実は二郎先生が黙々と本や雑誌を読みまくって勉強しているというシーンなわけです。家でも学校でも通学路でもずーっと本と雑誌と辞書を読んでいる。写実的に描けばそういう絵のシーンになるところです。それで、そうした文字情報から、その人の仕事や考えを学び、吸収していく。でも、アニメはその時間を読書のシーンとして描かなくてもいい。アニメはその勉強の時間を、えんえんと読書のシーンにするかわりに、あんなふうに動きががんがんあって空を飛んだりしながら、かっこいい悪魔のような背広のおじさんと語り合うシーンとして表現してもよい。それをしている。」

「ほほう」

「だからあれは決して、なにか非現実な事象、創作物の中でしか起こらない奇跡、とかいったものをやっているわけではないんです。あれは二郎先生が、飛行機を研究開発するということはどういうことをすることになるのか、というのを、本を読みまくって学んでいるシーンであって、それに、ああいう美しい魔術的な幻想のテクスチャが貼りつけられてああなっている。」

「テクスチャ。ふむ」





「同様に、中盤で、雪原に飛行機が落ちてくるシーンがありますよね」

「あるね」

「あれも、特に非現実な事象の夢などではない。あれは二郎先生のほんのちょっとした未来予測にすぎない。自分たちがドイツから導入した技術で作ることになる飛行機が、ではどうなるか。この飛行機は澄み渡った青空を爽快に飛ぶ飛行機にはなるまい。カーキ色に塗って日の丸を描いて、撃墜されてばらばらの破片になって灰色の大地にちらばるだろう。彼は決して世の中の何もかもを知っているわけではないけれど、彼の手持ちの知識から、数年後にそうなるだろうということはわかる。それでも二郎先生は進むつもりなんだよ、という事実を、手早く美しい凄惨なテクスチャで済ませているシーンだ」

「妄想ではないと」

「そう、妄想や願望ではなくて、かなり手堅い苦い予測ですから」





「すぐあとのカプローニ先生の引退飛行の夢はどうなの」

「これもやはり、なんら幻想的な話のシーンではない。ここは、そのように大地にばらばらに散らばるであろう飛行機を作るとして、二郎先生が自分の立ち回りを再確認するシーンです。ドイツから西回りで帰ってくるあいだに、二郎先生はこれからどうするかずっと考えていた。『カプローニ先生ならどう言うだろう』とずっと自問自答していた。だから絵面は非常に気持ち良いシーンですが、話している内容は仕事の話です。カプローニ先生いわく、たしかに飛行機は戦争に行き、ばらばらに墜落するだろう。だが、納品するまではわれわれのものだ、そうだろう? 納品するまでは私物化できるのだ。だから当局の、発注元の嗜好をつかんでそれに乗って企画を通せ。巨大な予算が集中し途方も無い企画が通る歴史上の貴重な瞬間、そこに自分の働き盛りの10年を重ねるのだ。根性の入れ所だ…」

「ガチガチに仕事の話だな」

「ですです。テクスチャを雄大な快楽のある飛行シーンにしてあるからとても気持よく見ることができるけれど、なにかべつに突飛な幻想的なことや願望充足的なことが起きているわけではない。仕事の話です」





「ですからですね、たとえば、この映画は映画監督みたいな妄想を広げて商売をする人の話だ、監督自身を重ねた話だ、といった見方をする向きもあるんですが、そう読まなくてもいいかな、と思われる。あれらのシーンは妄想ではなくて、勉強や未来予測や仕事の決意といった事柄に夢のテクスチャを貼って描いているものだから」

「ふーん? でもチームを率いる仕事のしかたとかさ」

「そこらへんは、まああるんですが、僕が思うに、


『監督、今回の映画で主人公は通勤に車を使っていますよね』

「はい。そうですね」

『監督も通勤に車を使っておられる。この映画はご自身を重ねあわせて語っているのですね!』

みたいな感じがありますね。それはそういうことをする人は皆そうやってるだろうと。チームに新参で入って上司の信頼を得るときはこういう流れだよね、自分のチームを率いるときはこういう流れだよね、このへんの段取りはそういう人は皆やってるでしょう? といったところだと思われますね」

「そういうものかなー」

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