マッドマックスFRのストーリー ひとりめ:旅人マックス
「ストーリーのない、頭からっぽにして見る映画だ、なんてコメント見ていったけれど、どうしてどうして、ストーリーみっちりみっしりあったね」
「ほほう?」
「あれはさ、6つの感情曲線が巧妙精密に編み込んであるのよ。すなわち、旅人マックス、戦士フュリオサ、囲われワイブズ、少年兵ニュークス、老婆バーバリーニ、老首領ジョー。この6本の感情がそれぞれ、希望 → 絶望 → 再起の曲線をたどるつくりになっている」
「というと」
「表に書くとこうだ」
人物 | 希望 | 絶望 | 再起 |
旅人マックス | 逃げて生き延びる | 過去の記憶からは逃れられない | 人を救うために目標を示し共に戦う |
戦士フュリオサ | 逃げて故郷に帰る | 故郷は失われていた | 故郷を勝ち取るために戦う |
囲われワイブズ | 姐御についていって逃げ出す | 姐御が死んでしまう | 自ら勝ちとるために戦う |
少年兵ニュークス | 立派に戦死して老首領に承認される | 失態から老首領に否認される | 恋人と生きるために戦う |
老婆バーバリーニ | 植物を再び育てる | どの土地の土でも育たない | 砦に種を持っていく |
老首領ジョー | 健康な跡継ぎを得る | 子も女も死なせてしまう | 砦を守るために戦う |
「ふむー?」
「ひとりめから話すか。この旅人マックスはさ、物語冒頭の時点で、すっごい追い込まれてるのよ。もうぎりぎりのところにね」
「ぎりぎり? 何にです」
「過去の記憶に。この旅人はむかし、女子供やその他何人かの人を救おうとして、救うと約束して、それに失敗して死なせちゃった過去がある。それでその記憶から、ずっと脳裏で、死んでしまった人々が問い詰めてくる。『約束してくれたのになぜ守ってくれなかったの』『わたしたちが死んだ時どこにいたの』『わたしたちが死んでいるいまどこにいるの』『なんでおめおめと生きているの』」
「ああ、あの少女の幻影たちですか。なるほど?」
「つまりこの記憶たちは『死ね』と言ってきている。旅人の失敗を責めて、早く死ね、いま死ね、と繰り返してくる。それで旅人はその声に抵抗するだけでもういっぱいいっぱいで、他のことは考えられない精神状態になっている。灼熱の太陽の下で現世のおいはぎから逃げ延び、死者の声に抵抗して夜の悪夢を逃げ延びる、それだけで一日ぶんの人格を使いきっちゃうから他にはなにもできない。それが "I am a man reduced to a single instinct: Survive." なわけ。『生き延びるという本能のほかには何もできないほどすべての精神活動を削り込まれてしまった人間、それが俺だ』という自己紹介だ。あまりに精神的に追い詰められているから、『今日一日生き延びる。今日一日生き延びる』という言葉を心のなかで繰り返してる状態で、自分の身体の『死にたくない』という本能にすがりつくことで、かろうじて生き延びている。気を抜いて自分の頭の中の記憶の声に耳を貸したら狂って死んでしまうからだ。まあ狂わないために抵抗している姿がもうかなり狂って見える様態なんだが」
「それであんなにキョドってるんですか」
「そう、いっぱいいっぱいだから他人と会話をするだけのバッファがないわけ。それと、人を助けようとしたことで幽霊をたくさん背負い込んじゃってるから、いま生きてて助けが必要そうな目の前の人らも、自分にとりつく幽霊の候補みたいなもんに見える。だから精神的距離をできるだけ離して、相手と絆をもたないように務めている。なるたけ言葉をかわしたくないし目も合わせたくない」
「ふむふむ。目線つねに外してますものね」
「それがさ、戦いの中で、逃避行の中で、絆をもう一度持ち始めてしまう。心から出た忠告もする、言葉がうまくないから説得できないけれどね。そして死の塩湖に走りだした人々の姿に、幻影の少女がかぶって旅人を呼ぶ。そこで旅人は懸命の決意をして、人々を助けに行く。また彼らを死なせてしまい、その怨嗟の声を抱え込むかもしれないという恐怖に打ち勝って」
「あのバイクで追いつくシーンですね」
「たしかに、今日一日を生き延びたかもしれない。ここで人々と別れて、また明日も一日生き延びられるかもしれない。だがそれはまた自分の頭の中の死者たちと戦い続けるということだ。その絶望。そこから、旅人は一歩を踏み出す。距離を詰めて、できかけていた絆をはっきりと手と手で結ぶ。握り合う」
「おお」
「するとさ、死者も、赦してくれるわけよ。最後の戦いの中、ピンチになったときに、あの少女の幻影が旅人を指弾する。ハッと顔を覆ってかばうと、かばった手がかろうじてやじりをふせぎ、命を助ける。そこは少女の赦しのシーケンスなんだよね。あそこで旅人は赦されてるのよ」
「彼がそう思ったということですね」
「そう言ってもいいかな。ただ、死者の人々のうち、少女から、ということだけれどね。それで旅人は、人に自分の血を与え、名前を教えるところまで心を取りもどし、最後についに目線を合わせる。今日助けた人々に対しては、やましくない、目を見合う人になれたからだ。ただ、まだ彼の心の中には死者たちが残っている。だから旅立っていく」
「そういう勘定なんですか。あれは」
「たぶんそういう話なんじゃないかなと。思うんだけどね」