指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

トラップカードとしての北朝鮮


「いやーあの出汁巻き玉子、よかったねえ。旨味があふれるとはまさにあれ」

「中心が熱くてね。あと最後の泡盛も面白かったです」

「ね? あの通りのあの位置で長続きしてて、気持ち微妙に高そうな和食系。ずっと何かあると思ってたんだよ」

「前から言ってたね」

「位置から逆算するんだよ。通り1本か2本、面倒な位置で…」



小池都知事はさ、前任者やその部下たちの弱点をがんがん追求して、いよいよもう刃が喉元にふれた、頸が落とされる、というところでフッとやめて、とどめをささない。ああいうのが上手い。あれは暴けば汚く後ろ暗いものがぞろぞろ出てきて、たぶん相手方は連鎖的にごっそり吹っ飛んだと思う。でもそこまで追い詰めておいてから、スッと追求をやめて、吹っ飛ばさない」

「なるほど?」

「ふっとばしたら終わりだが、刃をつきつけてから生かし続けておけば、その相手はトークンなりカードなり、使い続けられるというわけか」

「あれはナポレオンみたいなというか、そういうのがやたら上手い。今度の動きはどうかな」

「そのへんさあ、今、ちょっと思いついてきてることがあるんですよ。聞いて」

「ほう」

「どんな」



「これは、赤ワインみっつめぐらい飲んでて脈絡がつながるようなエスパーな話で…だから…脈絡のつながりが細くてもエスパーしてほしいんですけど」

「うん。妄想的な話ね」

「まず、ここのところしばらく、北朝鮮ロケットマンアメリカ大統領とがメンチを切りあってますよね」

「やんのかこら、やんのかこら、おぅウ?↑ おぅウ?↑↑ だね」

「そうそう。それで、あのメンチの切りあいは、やってればやってるほどアメリカが損をしてるんだと思うんですよ」

「なんで?」

北朝鮮はさ、言っても国としてはちんぴら格なわけですよ。対してアメリカは、いくつもの軍事同盟の盟主、いくつもの舎弟を従えている親分格です。そうすると、ちんぴらと親分が直接、メンチを切りあっていたら、親分のほうの面子が安くなっていく。『親分さんよお、手が出せねえのかよ。俺ごときちんぴらに手が出せねえとは、大した親分さんだな、お安いじゃねえか』となる」

「ふうむ? じゃあ、逆に、なんでアメリカ親分はちんぴらに手が出せないんだ」

「それはちんぴらのすぐ後ろに、実は中国親分がいるからなんですね。なにしろこのちんぴらの家の裏口は中国親分の事務所と溝板一枚渡るだけでつながってて、事実上出入り直通なんです。あくまで違う国ではあるけれど、物も人も金もすいすい行き来できて、いざ殴り合いとなったら中国親分の事務所から組のバッジを外した若い衆をじゃんじゃん送り込める。70年前の朝鮮戦争で、中国は100万規模の『義勇軍』を投入して、米軍を38度線まで押し戻した。あくまで『義勇軍』であって中国軍じゃないよ、これは中国の戦争じゃあないよ、盃交わしたわけじゃないよ、とシラを切って、国境からこっちの本国は安全なままでね」

「そんなバレバレなの通用するの」

「これが実際通用するし、したんですな。というのは、おまえ中国じゃねえか、直接この中国を殴って手を引かせてやる、と考えてみても、じゃあ中国親分の本土に殴り込みたいのか、というのがポイントになる。北朝鮮を越えて、中国本土を攻撃するとしたら、広い中国のどこをどれだけ殴り取ってから交渉に入るのか。どこまで殴り取ったら取引材料が足りて手の打ちどころになり、講和ができるのか。これはかなりわからない。殴り合っているうちにどちらかの、あるいは互いの国の世論が盛り上がってしまい、講和を認めなくなるかもしれない。事前に計算できず、リスキーです。あるいは講和なんてケチを最初からいわず、中国全土を殴り倒す大作戦にとりかかろうというのか。どれだけの大戦争になり、どれだけの兵力と予算をつぎ込むのか。しかもそこにロシアが中国側についたりしたら似たような構図がさらに広がる。そんなリスクと兵力と予算を、たかが朝鮮半島の北半分のために投入する? アメリカの議会からすれば、朝鮮半島なんて地球の裏側の、経済的にもさほど興味のない土地です。大統領府が議会に予算を出すよう説明するにあたって、費用と利得が釣り合わなすぎだろう…」

「史実でも、現場のマッカーサー将軍は中国本土の攻撃を主張しはじめて、更迭されたしな」

「えー? なんかイカサマな話なかんじがするけど」

「実際、一種の妙なトラップみたいなパターンともいえます。アメリカは北朝鮮と戦い始めることはでき、そこに増援された中国義勇軍と戦い続けることはできる、が、中国本国と戦い始めることはできない。そして中国にとって北朝鮮はすぐ隣なので戦力をつぎ込みやすく、つぎ込む価値も高いが、アメリカにとっては遠いために戦力をつぎ込みにくく、またつぎ込む価値を議会に説得できない。なので中国が持久戦に持ち込めば、いずれアメリカのほうが先に諦める。このパターンはベトナム戦争でも繰り返されて、中国とソ連が比較的気楽に北ベトナムに支援をつぎ込み、アメリカはそのふたりの親分に殴りかかるほどの覚悟は持てなかったので、けっきょく負けた。このときのアメリカの振る舞いは朝鮮戦争の経験から、『中国の義勇軍投入を引き起こさないていどに勝つ』という混乱した動きになっている。妙なはまりかたをしやすい、ひねり鈎のついたトラップなわけです」

「うーん。本当かなあ?」

「やくざにとってちんぴら、盟主国にとって緩衝国が、どれほど便利な『トラップカード』であるか、というわけだな」

「そうそうそれ。トラップカード。あきらかに弱そうなのに、踏むと非直感的な効果が発動して高確率で負ける。大きく負けるわけじゃなく、あくまで小さな負けだが、逆にいうと小さいからこそ負けを受け入れなければならないという合理的な得失計算の立場に置かれる」

「なるほど、一見踏めそうだが、踏めない。じゃあそうだとして、そうするとどうなる」

「メンチを切りあってみたあとで、相手がトラップカードだったことに気づき、踏めなくなる。そうすると、親分がにやにや笑顔で登場して、ぬけぬけと言ってくるわけですよ。


『いやあ、乱暴者がいると町内が困りますなあ。私もこいつには少し縁があって、つねづね叱りつけているんですが、とんと言うことを聞かない。しかし、こいつも性根は良いところもある。決めつけて暴力的な解決はいけません。話し合いで解決しましょう。関係者(もちろん、私を含めて)でよく話し合って、全員が納得できる落とし所を見つける。これしかありません』

てなところで、これで謎の事業基金とか謎の投資プロジェクトとかを作り出して、金なり何かリソースを出させ、そこから割前をちんぴらも親分も獲得する。美味しいです。いまの場合だと、中国が『つねづね叱りつけている』役、ロシアが『話し合いで解決しましょう』役と、2役に分かれてやっているようで、少しテクニカルですね」

「ふむむむ」

「ズルい。アメリカも使おうよトラップカード」

「そう、そこだ。置きたいですよねこのトラップカード。これがですね、本来は、それがあった。韓国がそれなはずなんですよ」

「ん?」

「韓国が、アメリカにとっての緩衝国だったはずなんですよ。北朝鮮が、やんのかこら、とメンチを切ってきたとき、やんのかこら、とメンチを切りかえすのは韓国の仕事だったはずで、この2国がそれぞれを威嚇しあって拮抗するのなら、中国もアメリカもどちらの親分も安全だった。ところが、今回、韓国は北朝鮮にさっさと経済援助を申し出てしまい、メンチを切らなかった。あくまでアメリカ親分につきあって演習してるんですと。なのでアメリカ親分自身がツイッターでメンチを切るはめになっていて、ちんぴら相手に手が出せず、面子がつぶされている。これ、どうして韓国のいまの大統領がアメリカ親分の統制を脱したのか、ちんぴら役を拒否できたのか、これがわからない」

「わからないのか」

「まだ僕のエスパー能力が足りないんです」

エスパー能力に頼るのがそもそも道を外れているのではないのか」

「まあまあ、ここからが聞かせどころがありますから。われらが日本の傑物、女ナポレオン、小池女史がもうすぐ登場します」

「おっと」

「つまり、ここで、韓国がメンチを切らないから、アメリカが直接北朝鮮とやりあわなければならない。じゃあここにかわりにひとつ国をはさみたいですよね? それはあるじゃないですか。日本です。われらが日本。日本がメンチを切ればいい。だから、とりあえず安倍総理は何度かメンチを切ってみせました。忠節な、アメリカのブルドッグといった献勤です。だが迫力が足りない。メンチを切るための、自他の流血をいとわぬ迫力が。世界第10位の軍事予算の刀を持っていても、紐で縛りつけられていて鞘から抜けないのでは血は流れません。だから、この紐を断つか、それが通らなそうなら、一時的にでもほどけるようにする必要があります」

「刀が自衛隊、紐が憲法第九条、一時的にほどくのが緊急事態条項、という見立てか」

「ザッツイット!(両手でスナップを鳴らしてから指さす)」

「まあもっと飲め」

「これはどうも、頂きます。それくらいで…それくらいで」



「いやあ、うまいですね。バニラ香めちゃ推しで。アメリカ人、ワイン作るの上手いですよね」

「それで?」

小池都知事が活躍するんじゃないのか」

「ああ、はいはい。そう、それでここで、刀が抜けずに困っている、迫力不足の安倍総理に、小池女史が語りかけるわけです。


安倍さん、私が貴方と戦う新党を立ち上げます。人々がどちらの味方をするかはわからない。でもこのドラマチックなストーリーの力に、人々はあらがえない。勝つのは貴方か私のどちらかになる。勝ったのがどちらでも、その勝利による人々からの祝福を受けて、刀は抜けるようになる。

100のうち100がこれだとやはり、陰謀論すぎるかな。16くらい。総理と都知事の動きの理由が100あったとして、そのうちの最大16ぐらい、多くて16%ぐらいがこんなかんじではないでしょうか」

「泣いた赤鬼じゃん」

「最大で16%? 多いのかそれは」

「僕のエスパー能力は最高に当たってそんなところでしょう。この16のうち、8がアメリカの謎のやり手、8が日本会議だかどこだかの謎のやり手というかんじでしょうかね」

「謎のやり手なんて居るのか? エスパーが当たっていたとしても、そんなアメリカに言われたとおりってのは、僕は気に入らないね」

「ああ、いえ、日本会議の謎のやり手も、ただ自衛隊を使わせろと言われて従ってるわけじゃないと思うんですよ、そこはたぶん。人間そうは動かないと思うんで、何か、刀を抜き流血を担うこととひきかえに…たとえば『東アジア方面で(アメリカの次に)一番いばっていいよ、栄光のナンバーツーだよ、若頭だよ』とか。そういう取引。韓国やフィリピンなんかに対していばっていい」

アメリカがいいって言っても韓国フィリピンが納得するとも思えない。フィリピンは中国と仲良くしようという節もあるし」

「『屈辱の戦後』からの脱却…的ななにかが取引材料な気がする」

「取引でなんとかなるものなのそれ?」

「なんだろうなー でも誇り高い日本人のロマンティシズムを満たす取引材料なはず…『名義上、日本が盟主である西太平洋軍事同盟』とかかなあ…? フィリピン、ベトナム、オーストラリアなんかと組んで南沙諸島とかで中国と張り合う同盟。その同盟内では日本が筆頭で、一番偉い。これは気持ち良いですよね。セットで貿易条約と、合同採掘プロジェクトでの資源分配もする。これで日本も資源国だ。その日本をアメリカは安保条約の手綱で握る。アメリカ組の、東アジア若頭だ」

「東アジア若頭」

「これは、安倍総理にしろ、小池女史にしろ、その代で到達できるかは不明な目標だ。もう数代後かもしれません。しかし、謎のやり手が目標にできるくらいの中期的な課題であり、そのための突破口を開いた政治家は、たとえ紐を一本ほどく以外になんらの功績を残せなかったとしても、かれらにとっての英雄となり、どこに行っても下に置かぬ扱いを受けることになる。謎のやり手は、そのために暖かく迎え入れる椅子を用意してある。気持ちよく昔話を喋れる講演会とか。だから、何十年も長期的に権益集団間の利害調整をちまちまし続けるような政治家をやる必要はない。いろいろ派手なことを言い出して現場に命じ、後手に回らせておいて、ドラマチックなストーリーにする。それらの煙幕に隠して本命をひとつ通したら、あとはなんか格好良く見えるタイミングで劇的に辞任すればいいわけです。途中のままのプロジェクトがあれこれ残るが、それらは現場にあと始末させればいい。こういう短期的に勝ち逃げする踊り方をするなら、自分が手札を持っていなくても、空中の無から取引のカードを作り出して対手をひきずりまわすことができる」

「(寝息)」

「ここしばらく科学立国とか本気でするつもりがなさそうなのとか、沖縄を社会感情的に切り離そうとしてるのもこのへんかな…地理的、人員的な前線が血を流すことを負担できるようにするには権威主義が要るし、国家というデッキを権威主義寄りに調整中なんだ…さしずめ目指すは《同盟の盟主》デッキか…」

エスパー能力を使いすぎると、どうなるか、漫画で読んだなあ」



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