欲望の同格の大混戦/へうげもの
「このところの漫画とかはどうですか」
「そうね。へうげものの面白さがすごいね。もう絶好調だよ」
「ほお」
「利休が死ぬところもすごいが、死んでからの人物の欲望の格のひらたさがとても楽しい」
「欲望の格?」
「なんのかんのといってもやはり織田信長と千利休、このふたりの欲望・執着は、へうげものの中で別格の扱いの描写だったんだよね。他の人物とは違うっていうさ」
「どんな違いです」
「漫画って比較的そういうのが得意でしょう。他のキャラと格が違うキャラがいるっていう描写。つまり、このふたりの目標、理念というのは一段違うんだ、たしかに世界がそれに従う必然性があるのかもしれない…という描写になっていた。」
「ああ、漫画描写としての偉人というか、強キャラというやつですね」
「そう。それがね、そのふたりが死んでから、へうげもの世界の一番上が武人としては秀吉、茶人としては織部になったわけだよ。」
「トップが小物になりましたね」
「小物になった、それで非常に熱くなった。この11巻の秀吉が絶叫するくだりを見たまえ。ボスの執着に小西と石田が『うっわぁ』とよわりきる表情。最高だ。」
「内語をふるなら、『(あんたはあんたの人生を生きてくれよ…)』といったところですか」
「そうそれ、そうでなきゃいけないよ。信長や利休の持っていたどこからもさかのぼる源のない独立した夢なんて、偉人的で、他のキャラの夢と別格になってしまう。ここで秀吉が、自分の器では届かないだろう師匠の夢に引っ張られている、そういう欲望がいい。」
「あー。すると、この2コマ目での小西の内語は『(うわっ…小さい…!)』ということなわけか」
「その通り。傑作だよね。いまや私生児の帰化陶工から天下人まで、執着の見える人物が下から上まで幅広く揃い、それらの欲望、夢、執着の格が同等に並んだ」
「キャラクターの欲望がひとりひとり楽しいですよね。」
「大陸までをも支配したいキャラがおり、それを裏切りつつ貿易帝国を築きたいキャラがおり、二番手がいいという小理屈でやりぬこうとするキャラ、アイデアだけある弟子キャラ、伊達男とねんごろになりたい女子キャラ、スポンサーに二股をかける商人キャラ… どのキャラクターの欲望も同等の正当性がある。誰が勝つか負けるか、まったくわからない。いや、歴史ものだからわかるけれどね。でも、誰が勝ってもいい。年齢、性別、武力、数奇、家柄、立場、なんによらず誰の欲望が通るか、勝負はわからない。」
「群像劇ですね」
「うん。格のこれほどひらたい世界観を組み上げてみせて、大混戦劇をやれるんだから、まったくすごいね」
「めろめろですね」
「いやあ…山田芳裕先生め!! 漫画め!!」