指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

悩んで選んで、うまくいく、のトリック/ボードゲームのデザインと選択肢

ボードゲームのデザインで選択肢を楽しく悩ませること関連のメモ。

人間(動物)は本能的には、「悩んで選んで、うまくいく」に毎回なるのが楽しいのだが、対人ゲームでは毎回そうはできない。

だから、うまくいきやすい時は悩みが多く、いきにくい時は悩みが少ない、みたいなゲーム構造にできるといい。

たとえばモノポリーでは、優勢なプレイヤーはお金も物件も沢山持っていて、どこを増築するか、誰と何を取引するか、選択肢も沢山になる。多数の選択肢の中から何をどうするか、悩んで選んで、その結果もおそらく勝利になる。こういうときのプレイヤーは悩むのが楽しい。

不利なプレイヤーの方はというと、お金も物件も少ないので、選択肢が少ない。「もうサイコロ振るしかないよ。えい!」になる。たぶん負けるのだけれど、考える選択肢も少なくてあまり悩まなくていい。
モノポリーはこういうふうに、悩みの量が非対称になるようにできていて、良い構造だ。

一方、例えば麻雀だと、南4局で2万点差の最下位、とかなると、もう何もできないよ、となるのだが、それでも手牌14枚から1枚を選ぶ、という選択肢の幅は、優勢なプレイヤーの14枚と変わらない。このへんは古い。
もうどうせ負けるんだから手牌7枚にしたりサイコロで決めたりすればいいのになどとも思う。

21世紀のアグリコラ系ゲームは、勝利点計算が複雑だったり、秘匿勝利点があったりで、ゲーム終盤でも自分が負けていることがわかりにくいようになっている。

そして自分の農場の要素は増えているので、勝利点計算等に詳しくない初心者ほど、「うちの農場もこんなに広くなった。なんだかんだでもしかしたら勝ってるんじゃないか?」という気分で、広い選択肢を楽しく悩んで選べる。

計算できるようになった上級者なら、劣勢になった時に「(うーむ、だめだこれは負けてる…)」となるのだが、そういう人は上級者でそもそも優勢になりやすいので、「(よしよし、初心者たちが勝てるかもって気分で遊んでるな。今勝ってるのは僕なんだけどね)」というケースのほうが多い。

こういう非対称性が、ある種の21世紀のボードゲームのデザインのトリック、技法かなと思っている。

 

 

Twitterの元のスレッド

https://twitter.com/ityou/status/1526200449505714178

 

マークローズウォーター先生のGDC2016の講演

>不評だった。理論上ではバランスも取れていて,知的で興味深いジレンマになっているのだが,それが必ずしもプレイヤーに「楽しさ」を感じさせるわけではない


おそらく上記講演の記事化されたもの

>刺激には2種類あり、知的刺激と感情的刺激に分けられるということがわかった。
>マジックにおいては、カード・ファイルを見るのが知的刺激であり、カードでプレイするのは感情的刺激の比率が高いのだ


デス魔道エヴァQ

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週明けにはエヴァですね!
みなさんチケットは取れましたでしょうか? 自分も楽しみでしかたありません。
ここであらためて、「序」「破」からなぜ「Q」につながるのか? の謎を解いておきましょう!
葛城ミサトさん、赤木リツコさん、式波アスカさんたちはなぜあんな態度なのか?
綾波レイさんはどうして別人になっているのか?
渚カヲルくんはいったい何がしたかったのか?
すべてをお話しします…!

 

BOOTHでのダウンロード販売にアップしました。 PDF 32ページ 600円です
https://ringworld.booth.pm/items/2637928

 

ここまでの感想記事リンク
https://ityou.hatenablog.com/entry/2020/11/19/134911

 

えー Q?」

いやいや。面白いですってエヴァQ。あまり、やりすぎるのもよくないとは思うんですが、Qについてはひとつ勘弁してもらいたい」

勘弁?」

はい。ある作品を、その作者の経験と重ねて読む、というやり方です。あまり、やりすぎると、一般性が失われすぎて人読みになりすぎるので、そうですね。『突出しすぎた英雄的勝利のその後』とでもしたものですが、じゃあ、見ていきましょうよ」

Qかぁー」

まあまあ」

 

いいね。かっこいい」

かっこいいね。ここは好きだよ」

かっこいい作戦の目標はシンジくんの救出だった! で、次です」

 

なんか知らん人らからいじめられはじめる。誰だよ! わけがわからない。」

前作の続きと思えんよね」

そこですよ。まさに、エヴァQは前作の続きと読むしかない。そこが面白いところでして、じゃここでちょっと止めて、エヴァ破の最後のとこ見ましょう。みんな大好き」

止めるんかい」

いちいち予告が再生されて、とばせないのうざったいな…」

 

行きなさいシンジくん!」

かっこいいなあ」

そこですよねえ。では、さらに遡って、デス&リバース&Airを」

さらに戻るんかい」

 

ここで魂のルフランが入って切る! マジ最高でしたね」

まあいいけど」

デス&リバース&Airと、この破のラストとが、どちらも同じ『納期ギリギリに追い詰められたプロジェクトの現場チームの最期の納品の日』である、という話はしましたよね」

最終の最終の最終までスケジュールをひっぱったもんで、スポンサーがスタッフ全員の首を切るけど、成果物じたいはかろうじて世に出る、という話ね」

はい。デス&リバース&Airでは、世に出た成果物のその後に描写の重心が寄せられていました。成果物が大ヒットし、世を席巻することによって、全裸の美少女の大量コピーが市場を埋め尽くすんですよ」

綾波レイのことか」

それで『いま作るべきものとは! 現代人の心の欠落をどう埋めるかなんだよ! 君ィ!』とか抽象度の高いことばっか言って仕事したつもりになってるスポンサーのおじさんたちも、『やったぜ』とか言って案件を去っていき、人々はそれぞれかわいいキャラクターの商品を手に入れて笑顔になり、これにてプロジェクトの、チームの任務は、仕事は、終わった。各位おつかれさまでした。」

補完がどうのというやつか」

一方、この破では、同じ最終納品日の修羅場を描写するんですが、もっと個人的なほうに重心を寄せて描いているといえます。ぼろぼろに疲弊した現場戦力の前に迫る最終納期! 矢折れ刀尽き、金も機材もコネもとうに使い切ってもはや手がない。スタッフは皆、爆弾かかえて突撃してってくたばった。そこで綾波レイさん──専門学校出ただけで死ぬ覚悟だけ毎回決まってるけどイマイチ弱いインターンの子──が出てきて、またお得意の役を買って出るわけです。『わたしがやります。』」

インターンって」

『私がやります。死ぬ覚悟はできてます』ってね。あんた、初登場時、1話とおんなじ手だな! それしかやれる手がねえ! まあド根性一本槍、死ぬ覚悟だけがたった一枚の切り札なんですね。『わたしここしか職場ないんで…それに、わたしが潰れても次のインターンの子が交代で入りますから、大丈夫です』」

社畜じゃんか!」

そこで主人公シンジくんは叫ぶ。

『自分には代わりがいるから潰れていいんだとか経営者目線を内面化してどうする! お前は人間個人でしょう!? うおおピキーンと来た! やってやるぜこの神がかった演出アイデアで最終話をきわめて小さい工数で無理矢理着地…いや天まで放り投げてやる!! お前という一人の人間個人を救うために!!!』
『やめなさい主人公くん!! あなたの役職でしていい仕事の領域を超えているわ!! その役職でいられなくなる!!』
『やりなさい主人公くん!!』
『プロジェクトマネージャー!?』
『もうここまで追い詰められたら地も天も、コンテもセル画もない! 主人公くんのしたいそのわけのわからないアイデアでやれ!! やっちまってみせろ!! ゴー!! 主人公くん!!』
『うおおおー!』

『やっちまった…こんなのを納品しちまった…こんな観念的でダウナーなハッタリで本線をぶっすかすような手がアリ…どころか今後の業界標準になっちまうぞ…』

…そしてエンディングが流れるんですよ。『もう願いは、寝たい。頼むから眠りたいだけだ。君の隣に倒れ込んで、ただ眠らせてくれ。百兆年寝れる。ぜんぜん安物の布団でかまわん。』」

社畜ソングじゃないか!」

げに。そういう曲、そういう映画ですよ」

いい曲だよなあ。君のそばで眠らせてって。世界は美しいけれど、仕事が終わるまで会えないけれど、それでいいけどって。切々としてて」

あのTV版のおめでとうエンディングはシンジの起死回生大逆転のアイデアだったというのか」

すべての戦力が尽きた土壇場で、じゃあ逆転して勝ったかっていうと、やっぱり勝ったとはいいがたいかもですが、現場の修羅場のなかで、その社畜的に心のすり切れて潰れる覚悟を決めていた誰か一人~数十人かのスタッフを救う?ことができたのではないか、主観的にはそういう話だったわけです」

うーん?」

それでQに戻ってきますよ」

 

それでその続き、主人公くんがインターンのスタッフの子の自己犠牲を止めさせ、なんとか最終成果物をでっちあげて納品にぶちこみ、寝床にぶったおれてこんこんと眠り込んだ、個人側描写でのオチの続きです。エヴァQ。主人公くんが14年の寝床から起こされ、連れてこられると、なんかスタジオは知らんスタッフばかりで、以前の上司たちも冷たくてね。」

何もするなとか、何よ。大逆転して勝ったんじゃないのか?」

それですよ。あの最終話のオチは、やっぱりあくまで戦力ゼロに追い詰められての苦し紛れの強引無理矢理な手であって、やった個人の主観的にはスタッフを救う神の一手だったかもしれないが、現場周辺より少し外から先では大不評、大失敗とされたわけです。素晴らしい大ヒットアニメシリーズのインテレクチャル・プロパティーが華開き、スピンアウトやサブシリーズががんがん作れる巨大なエコシステムがはじまる──ガンダムシリーズのようにそれにぶらさがった出版、玩具、関連業界の数万人の人間が数十年食っていける作品世界になる──はずだったのが、なんか観念的なダウナーなオチで炎上して、監督個人に帰属する発展不能なプライベート・フィルムだということになってしまった」

あくまで庵野監督個人しか『本物の続きが作れない』難しい作品世界だということになってしまったわけだ」

そんなのシンジのせいじゃないだろ。学園エヴァとか無理でしょ」

そう、ハナからそんなん無理な作品世界じゃね説もある。新ロボットと新キャラを出して派生シリーズを量産できるようなものでもなさそうなかんじはある。でもこういう水物商品の船に乗りこんでこようって衆らは、それくらいの無理さを押し通せるくらいのドリームな夢を見てるから乗ってきているって説もあるんでね。やっと当たりを引いたぜ、これからおれたちがいい目をみる番だ…とはまあ思いもするのでしょうね」

それでその後やるだけやっておおかた失敗したわけだ」

試みはしたが、TV版中~終盤に垣間見させた大きなドリームには到底及ばなかった。そしてそれは主人公くんのせいだ、主人公くんがTV版最終話でとちくるった演出をしたからだ、という話になったわけです」

ええー」

だっておよそそんなことを言っていたでしょう、当時?」

まあそうかもしれん」

なんじゃこれは、とは思ったけどさ」

まあ皆びっくり驚いたものですよね。それでさ、ポイントは、当時、主人公くんの上司であったマネージャー、ミサトさんと、技術主任、リツコさんとが、一緒に最後の修羅場を乗り切った仲間だったはずなんですが、では主人公くんが最終成果物を納品してぶったおれて14年間寝込んでたというあいだ、この人たちはどうしていたのか?」

なんか新しい組織作ってるじゃん」

ヴィレ?」

そう。この人たちは仕事休んで寝てます、というわけにもいかなかったので、独立して新しい会社作って、それで同じ業界で、もとのスタジオとシェアの食い合いの戦いをして働いてるわけですよ」

ネルフと同業他社というのか」

劇中でそんなようなこと言っているでしょう? そして、当時、最後の修羅場で『やっちまえ! その起死回生の神のアイデアでGOだ!』と言ったはずの上司たちが、それをしらばっくれる。これは、この14年間を新しいチームを作って仕事をしていくうえで、当時現場で《しでかしてしまった伝説的失敗》を、全部《主人公くんが暴走してやってしまったこと》という話にしてきたからなんですね。いやー当時彼が突っ走ってしまって、誰にも止められなくてね…われわれはどうかと思ったんだけど…彼がどうしてもって譲らなくて…どうしようもなくてね…」

ええー」

ははあ。14年もチームにいないやつにはなんだっておっかぶせられちゃうものだよな」

あとアニメ業界は作品の成功失敗をすべて監督の個人性、作家性に集約して、一枚看板としての英雄にまつりあげがちなプロモ手法風潮もあってと思いますが。だものでこの14年間、業界全体でもこの新チームでも、悪かったのは主人公くんだ、という話になっているわけです。こいつがあの奇跡的大成功になるはずだった作品の最後で作家性優先のとんでもないやらかしをしてすべてをだいなしにしたやつか…」

だから、知らん新人から、二度とエヴァ作るな、とか言われるわけだ」

そうそう。すっかりそういう話が定説にされちゃっている」

なんだよ何も知らないのに! 現場にいなかったのはこいつらの方だろう。ミサトとリツコはなぜ話してやらない」

そう思いますよね。けっきょくミサトさんというのはイケイケで攻勢的な作戦を回していくのだけが得意なマネージャーで、こういうところで部下の名誉や人格をしっかり守る、みたいな器に欠け、芯が弱い。あの最終話は、マネージャーであるミサトさんが主人公くんにゴーを出したことに決定的な、大きな管理責任がある。しかしそれを、主人公くんの個人的作家的やらかしであって、わたしたちはプロフェッショナルです、という顔をすることで、その後の14年間食ってきたわけです。そういう人一人と数人ぶんの、小さくも大きくひろまった欺瞞のうえにこの新チームの、業界での立場を作ってきた。だから今になって主人公くんに再会すると、合わせる顔がないから目を合わせない。本当に鬼マネージャーなら、ド真正面からぬけぬけと対面したうえでしらを切ってみせるところですが、この人は半端に人の心があるのでうしろめたいんですね。14年前の当時に『やっちまえ!』と叫ぶくらいには人の心があり、また、14年後の今に目が合わせられないくらいにも人の心がある」

かわいい」

そおかあ?」

ほらここ、伊吹マヤさんが幹部してるのも良いですね。当時現場にいてミサトさんが『行きなさい!』ってゴーを出したのを知っている3人目です。ちょっとした共犯関係みたいなポジションで、そういう人がやっぱり新チームの幹部をしてるものなんですね」

なにも良くないよ。こんなさあ…お前飼い殺しにするから二度と働くなよみたいなさ…」

アスカ来た」

アスカさん! このアスカさん良いですよね本当。この、14年ぶりに現場に戻ってみるとさあ、当時の現場のエースが今も現場のエースやってるわけですよ」

あー。まだエヴァやってんだよって」

そうそう。お前が大ヒットさせてくれたおかげでずっとエヴァやってんだよ、相変わらず現場で戦って食ってんだ、お前はどこで遊んでたんだ、この野郎、ワハハ、ってね。それで眼とか内臓とかひとつずつ壊してて」

あるあるなわけだ」

アスカ、眼や手を壊しがち」

まったくこの世界の現場スタッフは主人公くんを含めて皆、心も身体もボロボロ壊して働いてね…。そういう職場でアスカさんは引き続き現場のエースをしつづけてきたわけですから、無事だったんだねよかったー、ってそういうんじゃ済まねえだろぉオイこいつめー、あいさつもごぶさたですみませんでしただろぉー? って肩のひとつもこづいてじゃれてる。主人公くんは愛されキャラなので」

被愛妄想だ」

いやアスカはシンジのこと好きでしょ」

ラブラブアスカシンジですよ。ほらここのエンジン点火のために一手も二手も先に動き始めてるアスカさん、実に現場のエース。この人とミサトさんだけ十数年前の修羅場鉄火場世代で、空気に汗と涙のにおいがついてる。新人たちは、えーわたしの担当ですかあ、死ぬほど働きたいわけじゃないですー、ってノリでね」

あー」

死ぬ職場なんて嫌だよ。いいことだ」

ミサトさんお得意の強引強気な作戦に、新人たちの世代は反応が遅く、食いつきが遠い。『どうせこの準備がいるでしょ、どうせあの手でしょ』と先回り・並走して動いてくれるのはアスカさんだけなんですね。ヴィレだ、新チームだ、と言うけど、ミサトさんにとっての真の戦力はけっきょくアスカさんだけだってこと」

ミサアスか」

突撃系マネージャーミサトさんに突撃系現場エースアスカさん、この2人が互いに『やっぱこんな突撃野郎はわたしでなけりゃ回しきれん』って阿吽の呼吸で働いてて、ブレーキ役参謀に技術主任リツコさん。この3人が中核の女所帯なわけです。ほかはあんま名前おぼえなくていい」

名前はおぼえろよ」

実際こうしてミサトさんアスカさんの突撃上下ペアで十分回っているので、主人公くんの働く椅子はないんですね。別に戦力としていらない、必要ない。だものでやっぱこんな飼い殺されていられん、って、この新スタジオからは抜けるわけですが…」

ミサト、けっきょく首切りチョーカーを切らない」

半端に人の心がある人なんですよ。ニンジョウ!」

そうかなあ」

 

それで新スタジオを飛び出して古巣のスタジオに戻ってきてみると、こっちはガラガラでね」

もぬけの殻だ」

実働スタッフがいなくなっててフロアはからっぽ、機材は放置、流行ってた自転車通勤をする者も絶え、ゲンドウくんはかつてあれほどやりあってたお偉いさんじみた格好なんてしちゃってて、そのうち企画動くから、ってだけで、やっぱ毎日やることない」

黒レイ。記憶喪失で別人ってひどい。破であんなにハッピーエンドだったのに」

いやまあ…今作のこの黒レイさんが別人なのは、実際、前作の破がハッピーエンドだったからとも言えまして」

なにそれ」

つまり…前作がウテナエンドだったと言うと話が早いのですが」

おっウテナ少女革命ウテナ

そうそう。ド傑作ですが…あれのオチは、呪われた世界、業界、集団、組織、場所、それ自体に勝って変革するってのはそうそうできないにせよ、そこに囚われて同一化していた人間をひとり、必死に説得して、その場所から外に出る気にさせる、その集団の中の椅子を捨てさせる。主人公はその努力によってずたぼろになってぶっ倒れて消えるが、その説得は成功して、囚われて同一化していた人間が一人、そのやばい場所から外に出る、そういうオチの話だったわけです」

ウテナがアンシーを説得して、あの学園から外に出すということね」

前作、破のラストも事実上これです。デスマ続きのひどい職場で、わたしはここですり潰れるしかないの、すり潰れたあとも交代要員は十分いるからいいんです、って、完全に社畜思考をのみ込まされちゃってるインターンの子を一人、シンジくんは必死に救った。説得に成功した。だから、その子はその呪われた場所、呪われた業界から卒業した。退職したんです。潰される前に実家に帰った」

白レイ故郷に帰る」

そう。そして白レイさんが自嘲して言っていた通り、専門学校から無限に代わりが供給されるので、インターンの子という存在がいなくなるわけではない。一人説得しても別に、別の一人が入ってくる。前作はあくまである一人を説得したというハッピーエンドにすぎず、呪われたデスマ業界そのものを倒したり変革したりしたというわけではないので、構造的にはまた同じ椅子に座らされる同じ立場の人間が出てくる。それが黒レイさんということです。それでやっぱりフロアに寝袋しいてて」

下にダンボールもう2枚くらいはさんだほうが…OAフロアってあれけっきょく鉄板だから冷たいんだよ」

てっきりラブラブレイシンジルートのハッピーエンドと思ったんだがなー」

まあウテナさんもアンシーさんと結ばれたエンドなわけではなくて、別離してもそれでもいいんだ、ハッピーエンドなんだ、っていう話ですから。白レイさんも14年寝込んでる主人公くんのそばで座っているというわけにもいかないですし、主人公くんが才能があって食っていける世界はこの呪われた嫌な世界のほうで、白レイさんと一緒に白レイさんの故郷で食い扶持を探すような道にも行かなかったので、こうなるわけです」

うーん?」

それで白レイ故郷に帰り、黒レイは別人なので、渚カヲルといちゃいちゃしはじめるのか」

やっぱりモテるんですよね。愛され系で、誰かは寄ってくる」

ピアノの連弾とかして」

そうそう。君とおんなじ雇われ監督さ、とか言う。自分のスタジオがない、子供さ。企画始まるまでヒマだから二人で習作してようぜ、良いリハビリになる、とか言う」

でも崖に連れ出して地獄を見せたりするぞ」

次の企画に向けての現状説明と説得ですね。個人のレイヤーで白レイさんを救い出したことが構造のレイヤーでは意味がなかったこと、そして、業界のレイヤーとしてはダウナー系ハッタリアニメのデッドコピーを蔓延させて碌なことにならなかったこと。君の側の事情はわかるが世間はそこをそうは見ていない。だから、あらためて新たなエヴァを作り直すことで、同じ作品として、同じ作品を使って切り返し、この世間の現状を覆し、この世間の中で自己を再生するしかない。こういう説得をしてくる」

ワナだ! 逃げろ!!」

そう、イッツアトラップ」

声優も石田彰氏だしな」

でも夜空を一緒に見上げたりしてね、コロリとだまされてしまうわけですわ。それに、ホラ、責任者は僕がやるよ、君はナンバーツーでいいから、って、首輪を引き取ってくれる。ね? 今回は僕が責任者をやってあげるから。君のせいにはならない。だからやろう?」

あの首輪は責任者の証なのか」

なんかそういったものを引き受けるよ、とね。それで二人監督制だ! やろう! とかいってのこのこと、今までものにならなかった続編デッドコピー企画の墓場を踏みわけていって、よーし僕ら二人の新企画だ! 新しい世界を拓くぞ!」

でもなんか石田彰氏がぶつぶつ言い出すぞ」

そう、途中まではノリノリでね、この業界のことは全部わかってる、任せとけ、とか言ってるんだけど、途中で、うん? なんだこれ、あーそうかそういうことかーとか言い出す」

なによ」

『そうかーさすが君のとこのボスは、ゲンドウくんは一枚上手だったわ、やられたわ、僕らの新企画だと思ってたけど、プロジェクトが動き出すと既存版権に中身がすり替わるようになってる! いやーさすがは海千山千のタヌキ社長だ、悪知恵すごいな!』

どういうこと? わけがわからないよ!」

『大丈夫! オレがわかってるから! 責任とってオレが辞める! 責任者ってこういうときに首を切られるためのものだからね! キミは悪くない!』
『は?』
『心配ご無用! オレくらいになるとプロパーもフリーも変わらんから! 業界狭いしまた会えるよ! じゃね!』
『は??』

つって辞めちゃう」

勝手にわかって辞めるなよ!? 残されたほうはどうなる!」

残されたほうは困っちゃいますよね。うぎゃーなんじゃそれはー、これ結局おれ一人の仕事になるのか、もうエヴァはやりたくないんだよーって。するとアスカさんたちが出てきて、

『バカシンジ! そら言わんこっちゃない! やっぱりエヴァじゃないの!』
『もうやだー』
『またおなじみの修羅場鉄火場ね! やっつけるわよ! うおおお!!』

ルーティーンだと」

そうそう。主人公くんにとっては14年ぶりの二度とやりたくないエヴァ案件ですが、14年間エヴァ案件やってきた歴戦のアスカさんたちにとっては慣れきったいつもの現場、いつも通り最終納期オーバーぎりぎりで回ってくる土壇場仕事なわけです。けっきょく新スタジオだ、独立だ、新たな出発だ、と言ってもね。ある案件に対して、その案件のための才能を持ち、その案件のための経験を積んだ人材というのは、そんなに実のところいるもんじゃない。むしろ他にいない。会社を分けて、看板を変えて、これからはヴィレ対ネルフだ、シェアを争う敵だ…とかいってみても、じゃあ納期やばい、特急で仕上げて納品しなきゃ、と集められてみると、なんだ現場は同じ顔ぶれじゃん、例によっておなじみの面子じゃん、そうよけっきょく私たちがやらなきゃエヴァをやるやつはいないんだから! ってなるわけ」

じゃあこの最後のバトルはエヴァンゲリオン案件のシェア争いなのか」

です。ミサトさんのチームがとびこんできてこの案件受けます! 得意の突撃作戦でやります! って営業かけて、それに横からゲンドウくんが専門学校から連れてきた量産型のいいなり監督をねじ込んできて美味しく乗っ取ろうとする」

あの黒レイのアダムスとかいうのが、ヴンダーを侵食するところか」

そうそう。ミサトさんチームからすれば、上流工程に人員ひとり首ひとつねじ込まれて、そこから脚本だかコンテだか流し込まれてチームを働かされる。そんな孫請け仕事にされてたまるか。それで打ち合わせにアスカさんがとびこんでいって、こんなんじゃものにならん! エヴァはこう作るんだよ! って徹夜で描いた代案を会議室の机の上にたたきつける。そもそも誰だよお前、どこ中だよ、エヴァ案件っつったらおれたちがやるんだよ! って、メンチ切ると、いいなり監督さんは、えーとこういうときオリジナルならですね…って、旧作の模倣ばかりしようとする。なんか考えろこのコピー野郎! アタマついてんのか! っていう戦いなわけ。」

でも素直に辞めるじゃん」

言われてあっさり納得して案件を下りる黒レイさんやはり素直かわいい。このあとアスカさんが黒レイさんにちょっと優しいのは、こう素直に下りられてみると、なんかいきなり初仕事奪っちゃって悪かったかな…職歴はこっちがはるかに先輩だし…って思ったのかもですね」

山羊の仔に困る老虎か」

そしてそうして、下層の現場が大騒ぎで戦っている争いに、主人公くんは失意のまま関与せず、麻痺していた。無稽な案件を開始して炎上させて、けっきょく布団かぶって他人任せだった。新企画だ新世界だって盛り上がって始めといてすぐへこむ。相変わらず根性なしね!」

でもそこが好きなんでしょ」

アスカ、自分で殴りかかっといて殴り返されるとショックを受けたり、ガキね大人になれとか言っといてわたしのことは助けに来てくれるべきでしょって期待してたり、追いかけてきてくれるはずって思ってたりかわいい」

主人公くんは、あくまで現場の戦術レベルでのエースであるアスカさんよりも、戦略レベルでの桁違いの成果、出力を出しうる才能があるので、潜在的にはアスカさんにとっての白馬の王子様なんですね。冒頭でも目パチ一瞥一閃で助けることができる」

だから引き起こしに来てくれるわけだ」

そう。主人公くんがモテるのはやっぱ桁外れの潜在的才能があるからですからね。へたれだ腰抜けだなんて描写してますけれどこれを真に受けちゃいけない。自画像を豚に描くようなもので、謙遜か自戒かの類です。この人はその業界のエース中のエースなんです。それでもやっていくのは楽な稼業じゃない、七転八倒だ、っていう話。苦労話ですから」

じゃあどう終わるのよ」

終わりません! 庵野先生の人生は続くのですから、釈尊のおっしゃるように人生から労苦のなくなることはなく、人生が続く以上、エヴァンゲリオンにも終わりはない。ずっと続くんです。毎回、苦労話をしてね。だって人生に苦しみは尽きないのですから」

仏陀ときたか」

たしかに福音だ来臨だとか言うわりには仏教的世界観じみている気はする?」

庵野先生の地獄巡り、六道転生、魔境行脚の新エピソードですよ! 毎回楽しみに待てばいいんです! 何年だろうが! 今回はきっとゴジラ魔境ですよ!」

ゴジラ魔境か…それなら嬉しいけど」

いや完結編って言ってるからね?」

ピンクな乱数とその波

これはウォーゲーマーアドベントカレンダー2020の12/5日付け記事です。

adventar.org

 

(一昨年2018年の記事はこちら。)「踊る!大本営会議」は鋭意制作中です。

ityou.hatenablog.com

 

 

ボードゲームデザインで、ピンクな乱数という言葉がある。

GDC2018でエンゲルシュタイン氏がした講演でまとめられているが、

www.gdcvault.com

www.4gamer.net

 

ホワイトな乱数:次の出力がそれまでの履歴にまったく影響されない乱数。

例)ダイスの出目をそのまま使う。これまで出てきた出目は次の出目にまったく影響しない。

 

ブラウンな乱数:次の出力が履歴に強く影響される乱数。

例)コイン投げをして表なら+1、裏なら-1の増減を蓄積していく値。これまでで+8になっていたとしたら、次の出力は+7か+9のいずれかというごく狭い範囲に絞れる。

 

これはカラードノイズの考え方を援用しているといえる。ホワイノノイズ、ブラウンノイズ、ほかにもグレー、ブルー、パープルなどがある。

ja.wikipedia.org

 

そしてエンゲルシュタイン氏が、ボードゲームの乱数としておすすめしているのが、ピンクな乱数だ。

 

ピンクな乱数:次の出力が履歴にある程度影響され、ある程度予測可能だが、ときおり大きく外れる乱数。

 

人間はピンクな乱数をエンターテイメントとして好む、というのだ。人間が興味を持つのは、まったく予測不能なパターンでもなく、まったく予測可能なパターンでもなく、その中間にある。なるほど理屈といえよう。

 

ピンクな乱数は、たとえば、ダイスを使うゲームであっても、通常の結果表とクリティカル/ファンブル結果表を使い分けることで実装できる(多くのTRPG等)。

また、「ゾロ目が出るたびに振り足していく(Tunnels&Trolls)」などといったやりかたもある。これらも出力がピンクな振れ幅になるわけだ。

ウォーゲームでも「通常ダイスと奇襲ダイスと奇襲時コラムシフトダイスを振らせる(Operational Combat Series)」などといった仕様でピンクな振れ幅を作っているし、チットを1つずつ皿から引いていくチットプルの仕様も、適度に予測不能であり予測可能でもあるピンクな乱数だといえるだろう。

 

そして、過ぐる年、この面できわめて成功したタイトルの、大きく進歩した仕様がある。

パンデミック」の感染デッキだ。

https://cf.geekdo-images.com/rfBvJzWLyNUEmLbROik4PQ__imagepage/img/jvMKBEVxXDMyaQ0efCN6BpUoQmc=/fit-in/900x600/filters:no_upscale():strip_icc()/pic783301.jpg

パンデミックの感染デッキは、リシャッフル時に捨札を山札に足して切り直すのではなく、捨札だけを切り直して、それまでの山札の上に積む。

この仕様によって、

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パンデミックの感染デッキの予測可能性の増減の「波」

 ①ゲーム開始直後には予測不能

 ②いちどリシャッフルが起きると(捨札は確認されているので)あるていど予測可能になる

 ③リシャッフル後にターンが進むにつれて、(絞り込めるので)さらに予測可能になっていく。次の1枚が完全に予測できるところまで行く場合もある

 ④さらに進んで捨札を積んだ部分を「過ぎる」と、また予測不能になる

という段階的な推移をする乱数になっている。

予測可能性が段階的、連続的に増減して、波のように、満ち引きをする仕様なわけだ。

いわばピンクな乱数の波だ。

これがごく簡潔なルールによって実現されており、パンデミックの素晴らしく劇的なプレイ体験を形成している。

 

この仕様の応用性は、まだ掘り切られていないと感じる。たとえば独ソ戦のような空間的に広大で、それこそ多数の「都市」があり、敵の攻勢準備を観察し読めているかと思えば意外なところから大攻勢が起きて不意を衝かれたりする…

そうした戦役を表現することはできないだろうか? それはポイントトゥポイントかもしれないし、ヘクスでも出来うるかもしれない

という応用の話になると、そうとうふわふわした話にはなってきますが、こうしたデザインの仕様、技術を発展させた新たなタイトルをぜひ目にし、遊びたいものだと思っております。

コミティア134 デス魔道エヴァQ 続き

前回 からの続き。この続きはいずれ公開します

 

 

それで新スタジオを飛び出して古巣のスタジオに戻ってきてみると、こっちはガラガラでね」

もぬけの殻だ」

実働スタッフがいなくなっててフロアはからっぽ、機材は放置、流行ってた自転車通勤をする者も絶え、ゲンドウくんはかつてあれほどやりあってたはずのお偉いさんじみた格好なんてしちゃってて、そのうち企画動くから、ってだけで、やっぱ毎日やることない」

黒レイ。記憶喪失で別人ってひどい。破であんなにハッピーエンドだったのに」

いやまあ…今作のこの黒レイさんが別人なのは、実際、前作の破がハッピーエンドだったからとも言えまして」

なにそれ」

つまり…前作がウテナエンドだったと言うと話が早いのですが」

おっウテナ少女革命ウテナ

そうそう。ド傑作ですが…あれのオチは、呪われた世界、業界、集団、組織、場所、それ自体に勝って変革するってのはそうそうできないにせよ、そこに囚われて同一化していた人間をひとり、必死に説得して、その場所から外に出る気にさせる、その集団の中の椅子を捨てさせる。主人公はその努力によってずたぼろになってぶっ倒れて消えるが、その説得は成功して、囚われて同一化していた人間が一人、そのやばい場所から外に出る、そういうオチの話だったわけです」

ウテナがアンシーを説得して、あの学園から外に出すということね」

前作、破のラストも事実上これです。デスマ続きのひどい職場で、わたしはここですり潰れるしかないの、すり潰れたあとも交代要員は十分いるからいいんです、って、完全に社畜思考をのみ込まされちゃってるインターンの子を一人、シンジくんは必死に救った。説得に成功したんです。だから、その子はその呪われた場所、呪われた業界から卒業した。退職したんです。潰される前に実家に帰った」

白レイ故郷に帰る」

そう。そして白レイさんが自嘲して言っていた通り、専門学校から無限に代わりが供給されるので、インターンの子という存在がいなくなるわけではない。一人説得しても別に、別の一人が入ってくる。前作はあくまである一人を説得したというハッピーエンドにすぎず、呪われたデスマ業界そのものを倒したり変革したりしたというわけではないので、構造的にはまた同じ椅子に座らされる同じ立場の人間が出てくる。それが黒レイさんというわけです。それでやっぱりフロアに寝袋しいてる」

下にダンボールもう2枚くらいはさんだほうが…OAフロアってあれけっきょく鉄板だから冷たいんだよ」

てっきりラブラブレイシンジルートのハッピーエンドと思ったんだがなー」

まあウテナさんもアンシーさんと結ばれたエンドなわけではなくて、別離してもそれでもいいんだ、ハッピーエンドなんだ、っていう話ですから。白レイさんも14年寝込んでる人のそばで座っているというわけにもいかないですし、主人公くんが才能があって食っていける世界はこの呪われた嫌な世界のほうで、白レイさんと一緒に白レイさんの故郷で食い扶持を探すような道にも行かなかったので、こうなるわけです」

うーん?」

それで白レイ故郷に帰り、黒レイは別人なので、渚カヲルといちゃいちゃしはじめるのか」

やっぱりモテるんですよね。愛され系で、誰かは寄ってくる」

ピアノの連弾とかして」

そうそう。君とおんなじ雇われ監督さ、とか言う。自分のスタジオがない、子供さ。企画始まるまでヒマだから二人で習作してようぜ、良いリハビリになる、とか言う」

でも崖に連れ出して地獄を見せたりするぞ」

次の企画に向けての現状説明と説得ですね。個人のレイヤーで白レイさんを救い出したことが構造のレイヤーでは意味がなかったこと、そして、業界のレイヤーとしてはダウナー系ハッタリアニメのデッドコピーを蔓延させて碌なことにならなかったこと。君の側の事情はわかるが世間はそこをそうは見ていない。だから、あらためて新たなエヴァを作り直すことで、同じ作品として、同じ作品を使って切り返し、現状を覆し、自己を再生するしかない。こういう説得をしてくる」

ワナだ! 逃げろ!!」

 

 

(以下 デス魔道エヴァQ - 指輪世界の第五日記 )

コミティア134 エヴァンゲリオン感想本 デス魔道エヴァQ サンプル

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11月23日のコミティア134 え11b「ボストーク通信社」さんに委託の「新世紀エヴァンゲリオン」の感想本のサンプルです。
これに加えて後半部分と、従来の感想(まとめリンク)とでの総集編となります。後半はいずれ公開します

 

(追記)BOOTHでのダウンロード販売にアップしました。
PDF 32ページ 600円です
https://ringworld.booth.pm/items/2637928

 

 

「えー Q?」

「いやいや。面白いですってエヴァQ。あまり、やりすぎるのもよくないとは思うんですが、Qについてはひとつ勘弁してもらいたい」

「勘弁?」

「はい。ある作品を、その作者の経験と重ねて読む、というやり方です。あまり、やりすぎると、一般性が失われすぎて人読みになりすぎるので、そうですね。『突出しすぎた英雄的勝利のその後』とでもしたものですが、じゃあ、見ていきましょうよ」

「Qかぁー」

「まあまあ」

 

「いいね。かっこいい」

「かっこいいね。ここは好きだよ」

「かっこいい作戦の目標はシンジくんの救出だった! で、次です」

 

「なんか知らん人らからいじめられはじめる。誰だよ! わけがわからない。」

「前作の続きと思えんよね」

「そこですよ。まさに、エヴァQは前作の続きと読むしかない。そこが面白いところでして、じゃここでちょっと止めて、エヴァ破の最後のとこ見ましょう。みんな大好き」

「止めるんかい」

「いちいち予告が再生されて、とばせないのうざったいな…」

 

「行きなさいシンジくん!」

「かっこいいなあ」

「そこですよねえ。では、さらに遡って、デス&リバース&Airを」

「さらに戻るんかい」

 

「ここで魂のルフランが入って切る! マジ最高でしたね」

「まあいいけど」

「デス&リバース&Airと、この破のラストとが、どちらも同じ『納期ギリギリに追い詰められたプロジェクトの現場チームの最期の納品の日』である、という話はしましたよね」

「最終の最終の最終までスケジュールをひっぱったもんで、スポンサーがスタッフ全員の首を切るけど、成果物じたいはかろうじて世に出る、という話ね」

「はい。デス&リバース&Airでは、世に出た成果物のその後に描写の重心が寄せられていました。成果物が大ヒットし、世を席巻することによって、全裸の美少女の大量コピーが市場を埋め尽くすんですよ」

綾波レイのことか」

「それで『いま作るべきものとは! 現代人の心の欠落をどう埋めるかなんだよ! 君ィ!』とか抽象度の高いことばっか言って仕事したつもりになってるスポンサーのおじさんたちも、『やったぜ』とか言ってどっか去っていく。人々は商品をたくさん手に入れてニヤニヤして幸せになり、やったぜ。これにてプロジェクトの、チームの任務は、仕事は、終わった。各位おつかれさまでした。」

「補完がどうのというやつか」

「一方、この破では、同じ最終納品日の修羅場を描写するんですが、もっと個人的なほうに重心を寄せて描いているといえます。ぼろぼろに疲弊した現場戦力の前に迫る最終納期! 矢折れ刀尽き、金も機材もコネもとうに使い切ってもはや手がない。スタッフは皆、爆弾かかえて突撃してってくたばった。そこで綾波レイさん──専門学校出ただけで死ぬ覚悟だけ毎回決まってるけどイマイチ弱いインターンの子──が出てきて、またお得意の役を買って出るわけです。『わたしがやります。』」

インターンって」

「『私がやります。死ぬ覚悟はできてます』ってね。あんた、初登場時、1話とおんなじ手だな! それしかやれる手がねえ! まあド根性一本槍、死ぬ覚悟だけがたった一枚の切り札なんですね。『わたしここしか職場ないんで…それに、わたしが潰れても次のインターンの子が交代で入りますから、大丈夫です』」

社畜じゃんか!」

「そこで主人公シンジくんは叫ぶ。

『自分には代わりがいるから潰れていいんだとか経営者目線を内面化してどうする! お前は人間個人でしょう!? うおおピキーンと来た! やってやるぜこの神がかった演出アイデアで最終話をきわめて小さい工数で無理矢理着地…いや天まで放り投げてやる!! お前という一人の人間個人を救うために!!!』
『やめなさい主人公くん!! あなたの役職でしていい仕事の領域を超えているわ!! その役職でいられなくなる!!』
『やりなさい主人公くん!!』
『プロジェクトマネージャー!?』
『もうここまで追い詰められたら地も天も、コンテもセル画もない! 主人公くんのしたいそのわけのわからないアイデアでやれ!! やっちまってみせろ!!』
『うおおおー!』

『やっちまった…こんなのを納品しちまった…こんな観念的でダウナーなハッタリで本線をぶっすかすような手がアリ…どころか今後の標準になっちまうぞ…』

…そしてエンディングが流れるんですよ。『もう願いは、寝たい。頼むから眠りたいだけだ。フロアにダンボール重ねて敷いたやつの上でいい。君の隣に倒れ込んで、半年くらい、こんこんと眠らせてくれ。』」

社畜ソングじゃないか!」

「げに。そういう曲、そういう映画ですよ」

「いい曲だよなあ。君のそばで眠らせてって。世界は美しいけれど、僕の仕事が終わるまで会えないけれど、それでいいけどって。切々としてて」

「あのTV版のおめでとうエンディングはシンジの起死回生大逆転のアイデアだったというのか」

「すべての戦力が尽きた土壇場で、じゃあ逆転して勝ったかっていうと、やっぱり勝ったとはいいがたいかもですが、現場の修羅場のなかで、その社畜的に心のすり切れて潰れる覚悟のできていた誰か一人~数十人かのスタッフを救う?ことができたのではないか、主観的にはそういう話だったわけです」

「うーん?」

「それでQに戻ってきますよ。」

 

「それでその続き、主人公くんがインターンのスタッフの子の自己犠牲を止めさせ、なんとか最終成果物をでっちあげて納品に成功し、寝床にぶったおれてこんこんと眠り込んだ、個人としてのオチの続きです。エヴァQ。主人公くんが14年の寝床から起こされ、連れてこられると、なんかスタジオは知らんスタッフばかりで、以前の上司たちも冷たくてね。」

「何もするなとか、何よ。大逆転して勝ったんじゃないのか?」

「それですよ。あの最終話のオチは、やっぱりあくまで戦力ゼロに追い詰められての苦し紛れの強引無理矢理な手であって、やった個人の主観的にはスタッフを救う神の一手だったかもしれないが、現場周辺より少し外から先では大不評、大失敗とされたわけです。素晴らしい大ヒットアニメシリーズのインテレクチャル・プロパティーが華開き、スピンアウトやサブシリーズががんがん作れる巨大なエコシステムがはじまる──ガンダムシリーズのようにそれにぶらさがった出版、玩具、関連業界の数万人の人間が数十年食っていける作品世界になる──はずだったのが、なんか観念的なダウナーなオチで炎上して、監督個人に帰属する発展不能なプライベート・フィルムだということになってしまった」

「あくまで庵野監督個人しか『本物の続きが作れない』難しい作品世界だということになってしまったわけだ」

「そんなのシンジのせいじゃないだろ。学園エヴァとか無理でしょ」

「そう、ハナからそんなん無理な作品世界じゃね説もある。新ロボットと新キャラを出して派生シリーズを量産できるようなものでもなさそうなかんじはある。でもこういう水物商品に出資するスポンサーってのは、それくらいの無理さを押し通せるくらいのドリームな夢を見れると思ってるから出資してる説もあるんでね」

「それでその後やるだけやっておおかた失敗したわけだ」

「試みはしたが、TV版中~終盤に垣間見させた大きなドリームには到底及ばなかった。そしてそれは主人公くんのせいだ、主人公くんがTV版最終話でとちくるった演出をしたからだ、という話になったわけです」

「ええー」

「だっておおかたそんなことを言っていたでしょう、当時?」

「まあそうかもしれん」

「なんじゃこれは、とは思ったけどさ」

「まあ皆びっくり驚いたものですよね。それでさ、ポイントは、当時、主人公くんの上司であったマネージャー、ミサトさんと、技術主任、リツコさんとが、一緒に最後の修羅場を乗り切った仲間だったはずなんですが、主人公くんが最終成果物を納品してぶったおれて14年間寝込んでたというあいだ、この人たちはどうしていたのか?」

「なんか新しい組織作ってるじゃん」

「ヴィレ?」

「そう。この人たちは仕事休んで寝てます、というわけにもいかなかったようで、独立して新しい会社作って、それで同じ業界で、もとのスタジオとシェアの食い合いの戦いをして働いてるわけですよ」

ネルフと同業他社というのか」

「劇中でそんなようなこと言っているでしょう? そして、当時、最後の修羅場で『やっちまえ! その起死回生の神のアイデアでGOだ!』と言ったはずの上司たちが、それをしらばっくれる。これは、この14年間を新しいチームを作って仕事をしていくうえで、当時現場で《しでかしてしまった伝説的失敗》を、全部《主人公くんが暴走してやってしまったこと》という話にしてきたからなんですね。いやー当時彼が突っ走ってしまって、誰にも止められなくてね…われわれはどうかと思ったんだけど彼がどうしても譲らなかったんで…どうしようもなくてね…」

「ええー」

「ははあ。14年もチームにいないやつにはなんだっておっかぶせられちゃうものだよな」

「あとアニメ業界は作品の成功失敗をすべて監督の個人性、作家性に集約して、一枚看板としての英雄にまつりあげがちなとこもあってと思いますが。だものでこの14年間、業界全体でもこの新チームでも、悪かったのは主人公くんだ、という話になっているわけです。こいつがあの奇跡的大成功になるはずだった作品の最後で作家性優先のとんでもないやらかしをしてすべてをだいなしにしたやつか…」

「だから、知らん新人から、二度とエヴァ作るな、とか言われるわけだ」

「そうそう。すっかりそういう話が定説にされちゃっている」

「なんだよ何も知らないのに! 現場にいなかったのはこいつらの方だろう。ミサトとリツコはなぜ話してやらない」

「そう思いますよね。けっきょくミサトさんというのはイケイケで攻勢的な作戦を回していくのだけが得意なマネージャーで、こういうところで部下の名誉や人格をしっかり守る、みたいな器がなく、芯が弱い。あの最終話は、マネージャーであるミサトさんが主人公くんにゴーを出したことに決定的な、大きな管理責任がある。しかしそれを、主人公くんの個人的作家的やらかしであって、わたしたちはプロです、という顔をすることで、14年間食ってきたわけです。そういう人一人と数人ぶんの小さな欺瞞のうえにこの新チームの、業界での立場を作ってきた。だから今になって主人公くんに再会すると、合わせる顔がないから目を合わせない。本当に鬼マネージャーならぬけぬけとド真正面から対面したうえでしらを切ってみせるところですが、この人は半端に人の心があるのでうしろめたいんですね。14年前の当時に『やっちまえ!』と叫ぶくらいには人の心があり、また、14年後の今に目が合わせられないくらいにも人の心がある」

「かわいい」

「そおかあ?」

「ほらここ、伊吹マヤさんが幹部してるのも良いですね。当時現場にいてミサトさんが『行きなさい!』ってゴーを出したのを知っている3人目です。ちょっとした共犯関係みたいなポジションで、そういう人がやっぱり新チームの幹部をしてるものなんですね」

「なにも良くないよ。こんなさあ…お前飼い殺しにするから二度と働くなよみたいなさ…」

「アスカ来た」

「アスカさん! このアスカさん良いですよね本当。この、14年ぶりに現場に戻ってみるとさあ、当時の現場のエースが今も現場のエースやってるわけですよ」

「あー。まだエヴァやってんだよって」

「そうそう。お前が大ヒットさせてくれたおかげでずっとエヴァやってんだよ、相変わらず現場で戦って食ってんだ、お前はどこで遊んでたんだ、この野郎、ワハハ、ってね。それで眼とか内臓とかひとつずつ壊してて」

「あるあるなわけだ」

「アスカ、眼や手を壊しがち」

「まったくこの世界の現場スタッフは主人公くんを含めて皆、心も身体もボロボロ壊して働いててね…。そういう職場でアスカさんは引き続き現場のエースをしつづけてきたわけですから、無事だったんだねよかったー、ってそういうんじゃ済まねえだろぉオイこいつめー、あいさつもごぶさたですみませんでしただろぉー? って肩のひとつもこづいてじゃれてる。主人公くんは愛されキャラなので」

「被愛妄想だ」

「いやアスカはシンジのこと好きでしょ」

「ラブラブアスカシンジですよ。ほらここのエンジン点火のために一手も二手も先に動き始めてるアスカさん、実に現場のエース。この人とミサトさんだけ十数年前の修羅場鉄火場世代で、空気に汗と涙のにおいがついてる。新人たちは、えーわたしの担当ですかあ、死ぬほど働きたいわけじゃないです、ってノリでね」

「あー」

「ホワイトになりつつある。いいことだ」

ミサトさんお得意の強引強気な作戦に、新人たちの世代はいまいち食いつきが遠い。『どうせこの手でしょ、この準備がいるでしょ』と先回り・並走して動いてくれるのはアスカさんだけなんですね。ヴィレだ、新チームだ、と言うけどミサトさんにとっての真の戦力はけっきょくアスカさんだけだってこと」

「ミサアスか」

「突撃系マネージャーミサトさんに突撃系現場エースアスカさん、この2人が互いに『やっぱこんな突撃野郎はわたしでなけりゃ回しきれん』って阿吽の呼吸で働いてて、ブレーキ役参謀に技術主任リツコさん。この3人が中核の女所帯なわけです。ほかはあんま名前おぼえなくていい」

「名前はおぼえろよ」

「実際こうしてミサトさんアスカさんの突撃上下ペアで十分回っているので、主人公くんの働く椅子はないんですよね。別に戦力としていらない、必要ない。だものでやっぱこんな飼い殺されていられん、って、この新スタジオからは抜けるわけですが…」

「ミサト、けっきょく首切りチョーカーを切らない」

「半端に人の心がある人なんですよ。ニンジョウ!」

「そうかなあ」


(以下後半)

新世紀エヴァンゲリオン これまでの感想リンクまとめ

これまでの感想リンク

 

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幾重もの正常化バイアスとしての「この世界の片隅に」

「いやー見たね見たね」

「ですねえ。何回目なんですか」

「7回目だね」

「おぅ」

「先行上映のあと、一人でリピートしたほかに親兄弟に勧めて連れてったりもあるからね。君は?」

「4回になりますか。いやあ…しかしすごいですね!」

「どういう感想を言ったものか、言葉がなかなか出てこないところがあるんだよね」

「ふむ。それですが、ひとつ言えるポイントができてきたんですよ」

「ほう。あ、ここでいい?」

「おでん屋。良さそうですね」

「じゃあここで。すみませーん。二人。はーい」

 

「まずですが、原作漫画と映画とをごっちゃに足して話しますね」

「というと」

「なんというか…こうの史代先生と片渕須直監督とアニメスタッフ、ほか関係各位の方々は、『北條すず学会』とでもいうか、なんかそういうノリをやってらっしゃる気がするんですよね。こうの先生の中にあるものか片渕監督の中にあるものかのどちらかだ、この2者の間の差分はなんだ、というのではなくて、彼らの外の、70年前に存在した人を目標として、それに近づこうという姿勢。だから足し算で考える」

シャーロッキアンみたいなやつか」

「そうそうそう。あともう一点、この話に出てくるキャラクターたちの行動には、つねに三つぐらいの理由が重なっているように思われる。ですのでここから僕が喋る理屈は、もしうまく合っていたにしても全体の三分の一ぐらいを言い当てられているにすぎないでしょう。そこもよろしく…はい、こっちです。国稀。はい」

「では…乾杯。おつかれさまー」

「おつかれでしたー。それでですね、この作品のひとつポイントは、その繰り返される、何重ものギャグと糊塗とにある」

「こと?」

「糊塗、ごまかし、まやかし、虚飾です。端的なのが、『あんた広島に帰ったら』に対して『里帰り!』とギャグでかわすシーン。あのやりとりでは、まず小じゅうとめが『作れ、今すぐ!』といびり、それを受けて主人公が『おかげさまでこの通り、着物が直せました』と下手に出ています。しかし…」

「仕立てだけに」

「はい。しかし、小じゅうとめは『あんた広島に帰ったら』と攻撃をやめない。そこで、義父、義母、夫が 『そりゃあええ』 → 『うん』 → 『みなさんによろしくのう』 と、ギャグ解釈の流れを作って嫁に振る。これは《里帰りの話をしているんだ。そういうことにすればこの集団の秩序を今のまま保てる》と嫁にパスを振っていて、それを主人公は読み取って『ああ、里帰り!』とオチをつけて、かわしたわけです。嫁が小じゅうとめにいじめられていることを、一家六人のうち四人のパス回しでもってギャグで糊塗し、ごまかしている。気づいていません、と、平静をよそおっている」

「えー? あれは演技だとみなすの?」

「素でもよし、演技でもよし、といったところでしょう。そして、『呉にお嫁に行った夢見とったわ』 → 『(ハゲが)バレとりましたか』と続きますが…

『作れ、今すぐ!』 → 『おかげ様で着物が直せました』 小じゅうとめの攻撃に下手に出る
『あんた広島に帰ったら』 → 『里帰り!』 攻撃を義父、義母、夫の振りに従いかわす
『呉にお嫁に行った夢見とったわ』 生家に帰りたいという弱音
『(ハゲが)バレとりましたか』 ストレスが体調に出ている
『朝ふたり分食べたんじゃし このくらいでええよね!』 立場が強くなるかと思われたがならない

これらはすべて対立なんです。対立、矛盾がある」

「へーそう…かな」

「そうなんです。それに対して、主人公は生来、そして冒頭で義父たちから振られた通りにも、常に気づかないふりをして、ボケにボケつくして冗談に落としかわし続ける。常にギャグをひねりだして矛盾を糊塗し、表面上の平静な日常を保ちつづける。口に出して『わたしをいじめているのか!』と対立をあらわにすることなしに、自分が我慢して、わたしはぼうっとしているから、と言い続けて」

「うーん? 読みすぎじゃないの」

「甘い甘い、こんなもんじゃないです。次に、姪と畑にいるときに空襲されるシーンを見てみましょう。ここでは義父が、歌いながら寝落ちする、という高度なギャグを見せますね」

「『いそしむ技術にこもれるは…』、広工廠歌というやつだな。サントラに入ってないんだよね」

「ネットでもぱっとみ見当たらないんですよね。フルをローテーションしたいですね、牛山茂氏ボーカルでね! このシーンも、また非常に面白いところです。弾片が降りそそぐ中ですくみあがる主人公と姪とをかばいながら、義父は、

鳴らしとるのう。
わしらの二千馬力がええ音鳴らしとる。
わしらが日夜工場で働くのは、あれを歩留まりよう仕上げるためじゃ。
九一式五百馬力から始めて、ここまできたかのう。

飛行機のエンジンスペックを、そこに込めた自分たちの努力、誇りを語るんですね。彼は何年もエンジンを作ってきた、遠くの国の人々の頭上に爆弾を落としに行くためのエンジンをね。だから今度は自分たちの頭上に爆弾を落としに来られることも、その延長としてすでに身構えていて、十分起きうることと思っている。彼我の航続距離の間合いなんかも肌身でわかっていて、主人公や姪とは身構えが違う。その彼が歌うのがこの広工廠歌です。

朝(あした)に星をいただきて
夕(ゆうべ)に月の影ふみて
勤しむ技術にこもれるは
世界平和の光なり
全力集中一念に
尊き使命果さばや

《昼夜を徹して技術開発を進めるのは、世界の平和を目指しているからだ》という、彼の職業の、そして広工廠の組織集団の理念ですね。しかしそれはまさに破綻していることが頭上に示されており、そしてすぐ眼下にも示されていくわけです。そして彼は《自分たちの改良努力により四倍もの性能向上が達せられた》と誇るんですが、これには姪が『軍事力なんだから相対的性能が問われる』とキツいツッコミを入れて、矛盾をつきつけてきます。理念でも成果物でも追い詰められた義父は、ギャグでかわすしかありません。それが、空襲下で熟睡する、という渾身のギャグなわけです」

「ギャグ…」

「傑作なギャグだったでしょう? そして、このギャグは問題そのものはなくせない。義父は死んでいたかもしれない、誰かが死んでいたかもしれない、これから死ぬかもしれない。この問題そのものには指一本ふれることはできず、先送りにしているにすぎない。問題を糊塗し、おおいかくして、集団の秩序を保つ一方で、問題は存在しつづける。すばらしいギャグほど、巧美な解釈ほど、大きな問題を先送りにする。そろそろ行きますか」

「あ、すみませーん。お勘定おねがいします。はい。お勘定」

「この話に出てくるすべてのギャグは、必ずなにかを糊塗し、よそおい、覆おうとしているんです。ギャグシーンにはすべてなにかがある。各シーンでギャグで糊塗しなければならないのはそれぞれなにか、なんなのか、ということです」

「うーむ??」

「そして全体の構造としては、そうしてギャグで軽めの対立、小規模な矛盾をごまかしているうちは、まああるある話だよね、そういうのをかわしながら人間生きていくよね、そこをどう悩み工夫してくかが面白いものだよね、というものなんですが、静かに徐々にスムーズに、より大きな矛盾、大きな問題に対面するようになっていく。主人公たちはそれら訪れる問題が大きくなっていっても、従前同様のギャグ技で対処していくから、一見、今日もギャグに解釈して日常が保てたね、今回の問題もかわして集団の秩序を保つことに成功したね、よかったね、というふうに見える」

「正常化バイアスみたいなものかな?」

「あーそうそう。まさに。正常化バイアス、ギャグ化バイアス、ギャグ解釈バイアスとでもいったかんじでしょうか。そうやって正常化バイアス、ギャグ化バイアスで、徐々に近づき大きくなってくる世界のビーンボールをかわしつづけていく。ひとつひとつの差分が小さめだし、上手いギャグだから問題の危険さを包み込めてしまって、一線を引きにくい。同じ温度感のギャグで包めている間は外見上は同じ温度に感じられる。しかし先送りにしつづけた問題は大きくなりつづけて、主人公たちはかわしつづけながらも追い詰められていき、けっきょくついに巨大な問題がやってきてかわせなくて、ギャーとなるわけです。それはギャグではかわせない。解釈で糊塗し包むことができない。そこが強烈な悲劇になる。そういう構造になっている話なんですね。ごちそうさまでしたー」

「どうもぉーごちそうさまですー」

「そして、これは主人公一人がやっていたことでもない。すずさん一人がギャグ化バイアスでかわしつづけていたわけではなくて、多くの個人が正常化バイアスや、類似した解釈でもって一日一日をかわしていたともいえる。また個人から一層上のレイヤーの、北條家という集団も、なんらかの糊塗を、たとえば憲兵たちに対して見せてやりすごしており、また一層上の隣組や、広工廠といった集団、呉や広島という街の集団も、『勝利の日まで』といった類の虚飾を歌っていて、そのまた上では、海軍が『瞬間的決戦なら勝てる』という虚飾を唱える一方、陸軍は『長期的総力戦なら勝てる』という虚飾を唱えており、さらにその上に日本国が大東亜共栄圏、不滅、必勝、神風、一億火の玉という虚飾を唱えている。こういうふうに多層構造の各レイヤーの集団がそれぞれ糊塗と虚飾をやっている。すずさんから日本まで、個人から国家まで通じてが、あるあるやるよねそれは人間のすることだからね、糊塗しちゃうよね、という、あるある話になっている。ここが実にすごい! 神聖視されず、人間的にされている。なんという筆力! 面白すぎる!!」

「どうどう。クリスタルガイザーでも飲め。ふむう…おでんはいまいちだったな。わるいね」

「まあそんなでもなかったですよ」

「腹が減ってうろついてたときに見かけておぼえてた店だったからな。空腹は誤らせるね。もう一軒、前行った日本酒行くか」

「駅脇の。いいですね。でですね、それで、おととい、このうえですごい重要なポイントに気がついたので聞いてください」

「うん? あ、こっちだな」