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賭博麻雀について補足

 2003年08月24日の補足。

 麻雀のゲーム性の中枢を担っているのは、アガり(トップ)の可能性とその点数とのトレードオフである。雑に言うと、8000点を1回アガれれば、1300点を5回アガった以上の価値がある。+100のトップを1回とれれば+30のトップを2回とるより価値がある。1000点ならすぐアガれるが、それを遅くして満貫をあがりにいくべき瞬間があり、今がそのどちらなのかが、考えどころ、楽しいところである。

 (A)10回中5回1000点アガリ、3回流局、2回1000点振込み、という戦略よりも、(B)10回中2回8000点アガリ、3回流局、3回1000振込み、2回3900振込み、という戦略のほうが優れている――そんな麻雀が楽しい。

 ところが、順位だけ見て、100点でも上のほうが勝ち、というような麻雀では、(A)の戦略のほうが優れてしまう。点数の重要性が下がって天秤がアガリ確率のほうに寄り過ぎ、トレードオフがスポイルされてしまうのだ*1

 この問題は競技麻雀全般に潜在している。例:片山まさゆきの麻雀漫画『牌賊!オカルティ』劇中、プロトーナメントで、速攻戦術の達人些渡に対してその弟子岬が――「なるほど。確かに速く、強いかもしれない。でもそんな麻雀、だれが見たいと思うんです?」

 南4局アガりトップ的な状況が多すぎる麻雀は面白くないが、ノーレートだとそうなってしまう。

 やや余談だが、デジタルという言葉には、合理的科学的姿勢という意味だけでなく、このように1〜4位の順位のみに着目するという意味が含まれているように思う。オカルティに登場する「満貫の手は満貫でアガれ」という言葉は、そうしたデジタル性へのアンチテーゼでもあろう。

 さて、順位だけの麻雀を避けるには、金銭という万人にかなり共通している指標を賭けるのがてっとりばやい。ユーザー層を狭めるし、ルールの運用がシビアになるし、イカサマ師がプレイヤー集団に寄生したりするなどのリスクがあるが。これも片山まさゆきだが、以前、客の対戦記録をぜんぶパソコンに入れてデータベース化するノーレート雀荘を経営したことがあるという。そう大きく外した考え方ではない気がするが、流行らなかったらしい。事はなかなか難しい。





*1 天秤がアガリ確率のほうに寄り過ぎ、トレードオフがスポイルされてしまう

 こんなイメージ。麻雀に限った図ではなくて、もっと一般的に、ゲームバランスという言葉が出てきたときに頭に浮かぶ:


 線の一本一本がそのゲームの要素だ。アイテムとか、呪文とか。

 Aの範囲でゲームが遊ばれている時、言い換えるとAの範囲にゲームのフォーカスが合っている時が、ゲームバランスが良い状態。なぜなら、いろんなトレードオフがぐちゃぐちゃにからまっている場所だから。たくさんからめばからむだけ良い。

 Bの位置だと、せっかくゲームシステムが提供しているトレードオフのぐちゃぐちゃの塊から、フォーカスが外れてしまっている。ここはゲームバランスが悪い状態。いろんなトレードオフが無意味になっている。

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