指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

仮想世界と労働と犯罪

 Britannia詐欺案内所

 ひどい話もあったもんだ。

 面白い話だ、と思う人もいるかもしれない。現実世界では禁じられている詐欺やそれに類する行為、それらを物理法則としては制限せず、各自の判断に任せてロールプレイさせる、それでこそ洋ゲーだ、UOだ、と。

 しかしそうではないのだ。

 人間が時間をたくさんつっこんでしまったものは、もはや仮想のものとしては扱えなくなる。数百マンアワーの結晶物としての貨幣・アイテム・不動産を盤上のゲーム内資源として弄ぶゲームデザインは、誤っている。詐欺を試みる側にとっては、それは大きな知的興奮をそそられ挑み甲斐のある優れたゲームシステムであろうが、詐欺を試みられる側にとっては、それは一々他人を疑い細かく認証手段を怠らないという面倒で不快な作業であって、ゲームになっていない。つまり一般のギャンブルのような対称性はなく、参加者全員の快楽量合計が負となる。実際、詐欺師だけを無人島に招待して詐欺師社会の詐欺大会を開催します、と言ったら彼らは来ないだろう。互い同士で遊んでも楽しくないのだ。

 ゲームというのは、互いにゲームトークンを駆使して互いのゲーム内の資源を「いかにもそれらが大きな価値を持つかのように」奪い合って結果を出すものである(ある視点からすれば、ゲームシステムとは、ゲーム内資源に架空の価値を持たせるように組み上げられた構造である)。ゲーム終了時の結果には、現実の価値を賭けてもよい。しかしゲーム内の資源の価値はあくまで仮想であって、現実の人間の時間を結晶させた入魂のしろものではいけない*ante*soul。ここの認識が甘いから「ゲーム内の金銭で目くじら立てて大人気ない」とか「ロールプレイに対する姿勢の違いだってことをわかってほしい」とかぬるいことを言い出すのだ。リネージュで稼いだ金はモノポリーで稼いだ金とはぜんぜん違うのだ。



 より根本的な部分に議論を移せば、現在のMMORPGの大きな魅力となっているのは、疎外されない労働(マルクス用語)としてのmob狩りシステムである。われわれが食うために日々行っている労働は、資本家のおっさんが売りさばくためのものを作っているのであり、生産物と自分とのあいだに個人的関係というものがなくて寂しくなる。これぞわが生産物と胸をはれるものを作りたい、だから若者は映画監督なり漫画家なりといったクリエイターを志望し、需要と供給の関係により才能のある人材が安く手に入ってしまうので労働条件がやくざになってしまう(ゲーム業界残酷物語 ソリッドウェブ)のだが、それは余談として、MMORPGの労働はその点でまさにいにしえの狩りであって、個人〜家族程度のごく小規模な(分業化も集約化もされていない)形態で行われる。

 日の出とともにひとり武器を持って出かけ、夕暮れに一日の獲物を数える。自分で計画を立て、自己の資本を投資し、自分が実行し、稼ぎは自分のものである。これは楽しい。人々はMMORPGの世界において、現実世界で失われていくこうした労働を楽しんでいるのである。

 多くのMMORPGにおいては、労働の手段も労働の成果もともに、キャラクターのレベル・能力値・スキルである。生産の手段および成果の大部がキャラクターに属していて他者に譲渡・貸与・委任できない*cap。ここにこそ、労働の疎外を阻むMMORPGの強みがある*lab。そしてこれらはアカウントに付属しており、かなり高いセキュリティに守られているので、トラブルを起こしにくい。

 ところがリネージュUOでは、ZEL付きの強化武具や不動産など、キャラクター外の財貨に労働の成果が結晶してしまう。これがシステムをその根幹で脆弱にしているのである。



 プレイヤーに関して言えば、詐欺師は道義に外れたことをしており、僕は非難する。彼らは自分の一定量の快楽のために他人の莫大な快楽量を犠牲にしている。

 ゲーム制作者・運営者に関して言えば、まずキャラクターの能力値を主軸に選び、財貨の価値の低いシステムを作ったほうが無難である*gen。なおあえてZELや不動産といった財貨をシステムに組み込むリスクを冒すなら、それらを守るセキュリティが必要だ。彼らには現実世界の国家の政府と同質の責務がある。

 そしてこの両者は、互いに「システムがそれを許すのだから」「プレイヤーの行為は彼自身の選択で」と責任を転嫁しあわず、自分が何をやってるのか認識すべきだ。





[ante] ゲーム内資源は現実の価値を持ってはいけない

 たとえば、Magic: the Gatheringにおいてアンティ(デッキの中の1枚をランダムにその対戦の賭札とすること)が行われない理由はここにある。それを入手するのに費やした金銭・労力・時間(=アンティに負けて奪われた際のコスト)を計算に入れてデッキを構成する、というゲーム性は、現実に片足をつっこんでしまうのでゲームにならず、楽しめないのである。

 ただし、競馬の当外や麻雀の点棒のような資源は、現実の金銭に変換することができる。これらの資源はゲームシステムの最外郭に位置しており、各参加者の間で対称に、いわば「入り口で揃う」からだ。

 参考:クロフォードのゲームデザイン論の安全性



[soul] 魂入りのものを粗脆な器に入れてはいけない

 悲劇の例:まいにちあゆみ17歳内迷える子羊たちなど



[cap] 生産手段を他者に譲渡・貸与・委任できない

 現実世界では、工場の機械設備や大規模店舗など、生産手段が、そこに働く労働者から切り離されて存在しており、しかも巨大になるほど効率がよくなる傾向がある。したがって大きな資本を持つ人間(資本家。大金持ちのおっさん。べつに、萌え萌えの旧華族推理マニア令嬢でもよろしい)がそうした生産手段を用意し(投資)、労働者を雇って生産活動を委任し(雇用)、できたものを売り、ある程度のピンハネをして給料を払い(搾取)、そのピンハネぶんを貯めていって次の、より大きな投資をする、という現象が安定する。ちなみにピンハネぶんを貯めて投資の拡大を行っていかないと、その資本家の資本は他の資本家のそれにくらべて相対的に小さくなっていき、やがて舞台から消えてしまう(資本家の競争)ので、舞台に残っている資本家はピンハネする資本家であり、人類の生産力は増加していく。舞台に立っているおっさんたちは地球が持つ資源の利用の効率とか、環境の悪化による将来の災禍とか、そういったものを気にしてらんない(共有地の悲劇)ので、明日は温室となれ砂漠となれ・わが亡き後に温暖化きたれてなもんで、人類の未来は太く短くなる一方である(が、そういうことに眼をつぶって忘れられる人材でないと舞台に残れない)。京都議定書とかの規制(世界規模でいっせいに適用するところがコツ。共有地の悲劇を避けやすい)でビシバシ縛っていけば、細く長く効率よく、うまくすると小惑星帯や、へたすると他星系へ進出するまで、人類が存続できるかもしれんが……

 何の話だったっけ。



[lab] 他者に妨害されない労働

 スタンドアローンコンピューターRPGの主システムは、自分以外に知的存在のいない環境での戦闘の反復による拡大再生産過程であると考えることができる。一般にCRPGは、他人に邪魔されない労働、他者に妨害されない労働を、その大きな魅力にしている。

 参考:リアルな経済活動が生まれつつあるオンラインゲームの世界 Jason Whiting



[gen] 制作者の創世力

 UOをその極とするリアルライフシミュレーション志向は、現実世界の楽しくない現象を再現する危険を持つ。思うに、せっかく神にも近い創世の権力を持っているのに、現実を延長して電脳網のなかに持ち込んで何になる。現実をモニタの向こう側に拡大するのではなく、モニタの向こう側の異質なシステムを現実世界に付け加えるのが、芸というものではないか。





余談1 労働を介しての現実の侵食

 別の視点からこの話を考えてみる。労働を介して仮想世界内のなにかにプレイヤーの「魂が入ってしまい」、ゲームなんだから・遊びなんだからと二束三文無頓着に扱えなくなってしまう。あるいは、現実がモニタの向こう側に拡大され、痴話喧嘩やストーキングや詐欺といった愉快でない現象が発生して、それらを笑って済ませられなくなる。この「人間の時間の結晶化現象」は、ゲームにとってかなり厄介なものだ。とすると、労働を排除したMMORPGがつくれるか、という疑問が生まれてくる。

 ……無理かな。





余談2 面白い話だ派の反論とそれへの反論

1)家詐欺ごとき日本円数万円で済む程度の怪我だ。take it easy!

 easyじゃねえー! そりゃあ、RMTで家一軒壱万円だ二万円だとか言ってますよ。でもそれは楽しみながら積み立てた財貨だから楽しみぶん安く売買されてるわけで、ちまちまユニット切断したボードSLGをパクられて「チット未切断品のほうが市場価格高いだろ? ほらよ表示価格の9800円」とか言われて済むわけないのです。



2)裏切りの生じうる環境で信頼関係が築かれればその価値は大きい

 武田鉄也もそんなことを言ってたけど、それ以外の選択肢を選べるときに、なぜわざわざ人を試さにゃならんのだ。悪の海の中に善を求めるっちゃ格好いいのだが、あんまり幸せに通じる人生姿勢じゃないと思う。

 もっとも、UOゲームデザイン自体に、そのような「試す神」みたいな傲慢な、志の高い、いかにも先進気鋭の洋ゲー根性がうかがえる。



3)好き嫌いの問題であって、選択肢の幅の一つとしてあってよい

 問題は、詐欺ゲームを遊びたいプレイヤー(詐欺師)と遊びたくないプレイヤー(堅気)との混浴にある。詐欺ゲームは、集団に堅気が含まれていないとできない。労働は詐欺師抜きででき、詐欺師抜きのほうができる。これは寄生関係であり、堅気はそんな選択肢のほうに行かないから、理論上詐欺ゲームは発生しない。発生するのは、堅気がシステムを(あるいは自分の志向を)理解するまでにある程度の期間があるからだ。そのような選択肢は一種の陥穽である。





余談3 詐欺ゲーム

 UOは変装や偽名などのフィーチャーを実装し、詐欺ゲームを、というか一般に犯罪ゲームを実現しようと試みたわけだが、これは堅気プレイヤーの労働行為を保護どころか窃盗教唆するデザインであり、失敗した(フェルッカからトラメルへの移行が起きた)。

 いや、移行までの一定期間、(一方的な)成功を収めた、と考えるべきか……

 オフラインのソロプレイゲームではPOSTALやGTAなどで犯罪ゲームが成功しているが、ソロプレイ詐欺ゲームの構築にはまがりなりとも知性の再現が必要であり、難しそうだ。

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