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電波男/地獄の思い出話

 電波男の中で、本田先生の学校の思い出話は重要です。キモメンを理由に、ぶちきれるまで追い詰められるが、ぶちきれると、追い詰めた理由を「ぶちきれたから」「電波だから」「ストーカーだから」と後付けにされる。そしてそれを口実にさらにいじめられる。さらにぶちきれると、相手を殺して自分も自殺してしまう。だからぶちきれちゃ駄目だ、俺は耐えた、という話です。



 動物行動学者の先達、コンラート・ローレンツ先生(ISBN:4622015994)によると、たとえば鳩のつがいを鳥かごに入れておくと、一方が一方をえんえんとつつき続け、羽をむしりつくして、配偶者を殺してしまうことがある。鳩には、相手の攻撃衝動を抑えるジェスチャーが装備されていない。鳩は野生状態では、ちょっとつつかれて不快な時点で飛んで逃げれば済んでしまうし、くちばしの殺傷力も低い。

 狼には、ひっくりかえって相手に喉笛を見せるという降伏のジェスチャーがあり、一方がこれをすると、相手の狼は強い攻撃衝動を抱きつつも、同時に強い抑制がはたらいて、「非常に噛み付きたいのに非常に噛み付けなくなる」。狼は四六時中、狼に似た他の動物を殺す必要があり、鋭い牙もある。降伏の儀式はこれに対する適応であり、システムとしてはややこしいが、進化はそういうふうに神経系を形成することがある。

 人間は、数万年前の野生状態では拳と歯だから、肉体的に攻撃力がない。だから攻撃衝動を抑制するジェスチャーを、出すこともできないし受けとることもない。すなわちそういう神経回路は、装備されていないし、進化というのは万年を単位とする現象だから100年や200年で装備されることもない。そして現在、狼の牙以上の攻撃力は装備可能で、人口密度は高く、鳥かごに近い環境も多い。そういう場所にわれわれは居る。

 世の中では義務教育機関ですら、多数派に属して少数派をつつき続ける、という現象がまかりとおりかねん。教室に40人集めるんだから鳥かごに近い。10ドル位で狼の牙を拾ってきて大活躍する奴も出る。



 いじめられる側が高度な脳内妄想を駆使して攻撃衝動を抑制するのは偉いことです。いじめる側も目先の攻撃衝動に負けずに、つつくのをやめてください。不快感に従って目の前の人間をつつき殺しても、人口密度はすぐ増えて、けっきょく下がりませんよ、また次の誰かをつつきたくなりますよ。不快なまま我慢して生きたほうがましですよ。つつくのを減らしてDQNを卒業してください。

 上記の原因から、われわれは皆病んでおり、健康な奴は居ません。病症をいなし、あるいはかわしても、病因は残っています。うまく病症をいなしたりかわしたりできた人が、「自分は健康だ、Healthyだ、やつらは異常だ」と言ってしまうのは、陥りがちで危険です。ぶちきれた人を「電波だから」「ストーカーだから」と言って安心することになるからです。そしてそこからもう2歩すすむと、「電波め」「ストーカーめ」と、つついてしまいます。

 ぶちきれた人がいくら脱落していっても、われわれ自身や一世代下が、やはり病症をいなしかわし続けなければならないことにかわりはありません。

 じゃあどう病因を緩和するかというと、ひとつには人口密度を下げることです。少人数学級。次に空間を広げる、他の空間を増築する。2次元のイマジナリー空間、半人半電子のネット空間、保健室、児童駆け込み寺、塾。それと中学か高校の時点で動物行動学を教えて、あとアクセルロッドの囚人のジレンマとか、自分達が何やってるのか教えておくとましでしょう。

 それらも緩和であって、ほぼ対症療法であり、病因を8割解消する一大運動とかはたぶん高望みで、払うコストを計算すると赤字になることに注意。

 なお電波男では、子供が持っているのは「ぶちきれる/耐え続ける」の2択、という表現になっています。耐え続けるときに2次元妄想は役立つぞと。ここで3次元空間に、登校拒否、保健室、図書室、児童駆け込み寺、塾など、第3第4の選択肢がある場合もあります。これを探し忘れないように注意してください。ないこともありますがあることもあります。





 すっかり忘れていた。そうだ、学校は人口密度が異常に高い、つつきの発生しやすい、危険なデストラップだったんだ。あそこは死ねる場所だったんだ。僕はあそこを生き延びたんだ。あそこから生きて出てきたんだ。

 屋上の金網フェンスによじのぼって、飛び降りようとして、しかし皆にとりおさえられた奴が居た。そいつは皆に仲間外れに、ハブにされていた。そのとき僕はその屋上にいたんだけど、だれかの嘲笑して言った「まただよ。わざとだよ。」という声をおぼえている。そのときの先生の応対がめんどくさそうだったなあ。あいつの名前をおぼえてないな。僕は彼をいじめず、近寄らず、無視してすごした。あのときあいつは、パーセンテージダイスの出目次第では死んでたんだろう、そして派手な出目だったら刺身包丁持ってきて数人死んでたんだろう。あのとき彼の心配をまったくしなかったし、怖いとも思わなかった。いま思い出すあのときの映像には、ガラスの向こう側の風景のような、「僕に関係のないイベント」の印象がくっついている。あの教室の中にあった、誰かの死の可能性は、まったく見えていなかった。子供なりに賢しい遮蔽処理をしていたんだな。ウテナの第47話で、アンシーが飛び降り自殺しようとした場面は何度も見たのに、あいつのことを思い出したことがなかったな。なんてこった。



 上記の見方で読むと、電波男はいわば「地獄の思い出話」です。俺は生き延びて出てこれたけど、あそこはほんと地獄だぜフゥーハハハー。少女革命ウテナも。あとえーと…

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