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妨害的端役の人間テクスチャ

 テーブルトークRPGNPC、ノンプレイヤーキャラクターは、テクスチャがオブジェクトに貼り付いて、ポジションに置かれているものである。テクスチャとは人間とか、狼とか、ウサギとか、モンスターとかいった見た目である。ポジションはシナリオ上の役割のことで、実質と呼んでもよい。これには請願者、協力者、脇役、ライバル、雑魚敵、トラップ、目的などがある。

 テクスチャというのは何であっても構わない…とみせかけてひとつ、大切なことがある。すなわちテクスチャは、非重要ポジションのオブジェクトの役割を、的確かつ手短にプレイヤーに伝えるための手段、目印であり、標示である。ここは誤りやすいので注意が要る。



 ときおり、プレイヤーキャラクターのアイテムを盗む少女とか、つきまとってくるスリの少年とかいった端役を登場させるゲームマスターがいる。そうしたキャラクターは小説や映画でひょいひょい出てくるので、そのつもりで気楽に配置しているのだと思われるが、たいへんに危うい行為である。それらの女子供というのは、つまり雑魚級のトラップオブジェクトに女子供テクスチャが貼り付けてあるわけだが、容易に捕まえられなかったり、逆にしつこくつきまとってきたりすると始末におえない。それでGM御本人は実質とテクスチャとで軽いジレンマを構成したつもりでいるのだろうが、そういくものでもない。



 TRPGのテクスチャは、実質と秤にかけてジレンマを構成できるものではない。それは実質を補助するのがせいぜいの、かなり脆弱なものなのだ。なぜといって、ゴブリン語やダークエルフ語などを持ち、言語疎通が可能で、文明なぞ築いてもいるようなモンスターたちが、極言すれば異民族だからだ。かれらは人間の異民族の表面にモンスターテクスチャが貼ってあるオブジェクトである。

 ふだんからそういうオブジェクトを雑魚敵ポジションに置いて奇襲をかけている*1ゲームで、見た目の人間テクスチャを雑魚トラップオブジェクトに貼る事の論理的帰結、そのリスク*7がおわかりになるだろうか。



 人間テクスチャの妨害的なオブジェクトであっても、それがシナリオ上重要なポジションに置かれているならばよい*2。ライバルや説得すべき対象として設定し、今回はこのオブジェクトが主題のひとつだよ、このオブジェクトについて考えてもらうよ、とプレイヤーに伝えるのならよい。その場合には、プレイヤーはそのオブジェクトに思考時間と論議時間を使い、行動するだろう。まずくなるのは端役だ*3。このオブジェクトに思考・論議時間を使っても無駄だよ、使っても意味が無いよと示唆しつつ、それに妨害的な実質と女子供テクスチャを持たせる…危険だ。出来ているプレイヤーならば*8GMのそのテクスチャ主義倫理を生暖かく見過ごしてくれるだろうけれども、はじめからそれに期待するのは筋の良いことと言い難い。





*1 奇襲をかけている

 奇襲は、TRPGにおける倫理的判断の棚上げ*4が特にわかりやすいシチュエーションである。


GM「じゃあワンダリングモンスター表を振るよ。えーとゴブリンが5体にホブゴブリンが3体。遭遇チェックは…君達の側の奇襲だ。」

PL「そのモンスターたちが本当に悪い奴等なのかどうか、周囲の村を回って確認します」

GM「いや、こいつら本当にただの雑魚だから。奇襲していいよ。ゲームが進まないから。TRPGっていうのは、そういうものなんだよ。」



*4 TRPGにおける倫理的判断の棚上げ

 TRPGは行動するゲームであり、しかも興味ある問題(したがって人間に関わる問題)について短時間で行動するので、倫理的にはかなりのいかさまを投入する必要がある。TRPGでは倫理判断の棚上げが行われる。そこにはGMの強力な支援が必要となる。具体的には、非重要ポジションに置かれたNPCの善悪評価はテクスチャ任せになる。

 TRPGでは倫理的な判断はシナリオ構築時にGMが先取りして行う。GMがシナリオ上の重要なポジションにオブジェクトを配置するとき、それは同時にそれらの倫理的意味をも定義していることになる。プレイヤーはその定義に対応して思考し論議し行動する。かれらはシナリオをクリアすること、シナリオの目標を達成することを目的として判断すればよい。しかしシナリオ構築時に定義されておらず、したがってそれについて思考・論議することが推奨されていない軽いポジションはどうなるか。そこでテクスチャである。軽く非重要なポジションのオブジェクトには、善悪中立のわかりやすいテクスチャを貼り、それに沿って単純にわかりやすく運用する*5。そうすればそれらにプレイヤーの思考・論議時間を割かないで*6ゲームを進行させることができる。具体的には人間テクスチャの端役を好意的に放置できるし、モンスターテクスチャの雑魚敵に躊躇無く奇襲ができる。非重要ポジションでこそテクスチャの選定は大切なのである。



*5 単純にわかりやすく運用する

 単純にわかりやすく、という字面を見て、単純でわかりやすいことだと思ってはいけない。これはプレイヤーから見て単純にわかりやすいように、という意味だ。そのように情報管制をするGM側からすれば、けっこう配意を要するやっかいな仕事である。といっても、そこが楽しみどころでもある。情報管制はTRPGGMの楽しみを構成する柱のひとつである。



*6 それらにプレイヤーの思考・論議時間を割かないで

 プレイヤーの注意の深さとその向く方向を管制し、誘導し、危うい地点を回避する。それがGMの仕事の大きな部分と言える。そのシナリオで扱うつもりのない倫理的テーマになど、うっかりプレイヤーを踏み込ませないよう、GMは注意して発話しなくてはならない。

 基本的にGMの発話は回避を旨とし、幾つかの被打撃地点を用意する、防御的なものである。専門用語で言うと誘い受け。長大な描写にプレイ時間を費やす攻撃寄りのGM手法もあるが、あまり良い筋ではないと思われる。



*7 人間テクスチャを雑魚トラップオブジェクトに貼る事の論理的帰結、そのリスク

 TRPGのテクスチャについてラジカルな視点を抱いているプレイヤーならば、そのオブジェクトを殺しかねないし、もし殺したとして、そのプレイヤーを責めることは、そのまま一般にモンスターを奇襲することの倫理的是非を問うことになる。

 そんな倫理的問いの中に参加者たちをはまりこませるリスクだ。



*2 重要ポジションに置かれているならよい

 異民族にモンスターテクスチャという指摘は、そのむかし山本弘先生がソード・ワールド・リプレイのごく序盤(第1部第6話『モンスターたちの交響曲ISBN:482914243X)でやった。このリプレイはそこそこ人々に影響を与えていると思われる。しかし一度そういう大きめの舞台で取り扱われ、演じられ、解決されたテーマであっても、後人は「もうそれについては語られたのだから」と軽く扱ってはいけない。そのテーマは戦闘システムを持つTRPGでは常にあることだ。そしてスポットライトが当たっていない間はまた舞台裏に戻って、未解決のままでありつづけ、伏流している。忘れては危険だ。

 このテーマを舞台に上げて、スポットライトを当てて、その一幕で解決することはできる。つまり重要ポジションに置けば解決できる。つまり重要ポジションに置いた時の、その一時的にしか解決できない。そういう問題だからこそ物語として魅力があるとも言える。



*3 まずくなるのは端役だ

 この問題は非重要ポジションにこそあらわれる。「ただの軽いジレンマだから。」などと無造作に出しやすいが、軽いジレンマなればゆえに危険があるのだ。プレイヤーから見てシナリオを解く上で非重要なポジションにあっても、GMがシナリオを組む上では気軽に取り扱えないオブジェクトというものがある。



*8 出来ているプレイヤーならば

 TRPGで発生した問題を語るにあたって、話の持っていきかたのへぼいものに二つある。ひとつは、「それはプレイヤーが下手だったからだ。上手いプレイヤーならばフォローできる。」 もうひとつは、「それはGMが下手だったからだ。上手いGMならばフォローできる。」

 いずれも、そこが話のオチになってしまってはへぼい。「その上手いっていうのが具体的にどういうテクニックなのかというと…」というふうに、個別の理屈に進んでいったほうがよい。

 優秀なプレイヤーも優秀なGMも、優秀な兵士と同じで、すべての問題を解決する魔法の杖だ。



※本稿はScoopsRPG 読者の声への投稿を更改したものです。

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