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猫耳よ立て 尻尾を生やし 画面を満たせ

 シュレック2を観る前に傑作だと言っておきます。

 映像化すべき対象は、手段の技術的段階によって制約されます。たとえば、ホラーには二通りのアプローチがあり、恐怖とグロですが、前者を描く場合、情報の不足、見えないこととわからないことが必要です。バイオハザードサイレントヒルで言うと、初代プレイステーションで出た一作目のポリゴングラフィックの画像の荒さは、ゾンビやゾンビの食っているもの、マップ上の汚物のディテールを不可知にし、恐怖を発生させることに成功しました。つまり、描画能力の低さがゲームの性能を低下させないし、描画能力が向上してもゲームの性能は上がらないのです。同様に、真黒な宇宙空間をバックに宇宙船を飛ばし灰色の通路にLEDランプを瞬かせる神経質なSF世界観は、1970-80年代の特撮映画の技術的制約に基づくものであって、それから進歩を経た今現在のコンピュータグラフィックスの表現力でその世界観を再現するのはおそろしく間違っているのです(Final Fantasy the movieのこと。第一日記2003年1月15日)。埃舞い貧しく広がる砂漠の世界の時代は過ぎ去り、露ぬれる森に風かおる空のおとぎの国がいまや、描ける、描いたのがシュレック1でした。まず、この理由をもって、シュレックの1が傑作であり、2が傑作である根拠とします。



 ここで次に、さらにもうひとつ、予言をしておきます。すなわち、きわめて近い将来、ポリゴン映像作品の登場人物デザインの中に、猫耳キャラの枠が確立するであろうと。3つポリゴン映画があれば、各3人計10人の主要キャラのなかに一人は、猫耳が装備されるであろうと。

 昨年ナムコが繰り出したポリゴンギャルゲーゆめりあの話になりますが、バストアップの構図においてポリゴンキャラにいかなる強みを与えうるか? アニメ絵によっていったん完成したギャルゲーの画面設計に対して、ポリゴンによる独自性を主張するに、何をもってすればよいか?

 顔の表情というものは、眉と目と口の形状に集約されます。人間はそれをテクスチャの、しかも静止画像としてとらえており、つまりアニメ/漫画でその表現はすでに確立しています。それはマス、塊の動きではないのです。ポリゴン作品においてそれらを利用することは、立体をただのスクリーンにしてしまって、その上にそのテクスチャを貼り付けることにしかならず、従来のギャルゲーに対して差異が出せません。しかし、では、胸から上の範囲で、顔以外に感情を表現するパーツとは何なのか? ゆめりあが採った手法は、たとえばピーカブースタイル(口元に両拳を持ってきた姿勢で揺れる)でしたが、もっとも成功したのは、そう、猫耳なのです。

 ゆめりあにはねねこというキャラがいますが、このキャラの頭部に配置された猫耳がきょろきょろと向きを変え、あるいは立てられ/伏せられるさまは、マス独自の動きによる表現として、見事に成功しました。この耳は静止してフィルムから切り取られた一枚のポーズではなく、時間の中で動くことによって猫の心の中を表現するのです。惜しむらくは実際にはこの「猫耳」には帽子がかぶせられており、中身は最後までわからない、謎の何かが入ってる状態であることですが、これはむろん猫耳のふさふさ表現がまだナムコにできなかったためで、XBoxの『ねずみくす』(ふさふさ柔毛ねずみアクションゲー)の技術が貸与されていれば……と悔やまれることしきりですが、すぐに克服されるであろうことに疑いはありません。

 さらに猫キャラには、猫尻尾という、不機嫌なとき左右にびたんばたん振られ、非常時に派手に逆立つわかりやすいマス表現部位があることを忘れてはいけません(第一日記2001年7月23日)。これもまた強力なパーツになることでしょう。このような高性能なパーツは他には容易に見当たらないのです(おそらく、より一層の技術進歩によっていずれやがて、頭髪の動きによる表現――宮崎アニメの怒りの表現を超えたなにか――が可能になるのでしょう……)。

 そして、われらがシュレック2のゲストキャラクターこそが、長靴を履いた猫その猫であるのです。彼が耳と尻尾を駆使して発揮するであろうキャラ性能が、この映画を傑作とする第二の根拠なのです。

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