みんなちがって、みんな死ぬ/野火
「野火の話はしたっけ。去年の、塚本晋也監督の」
「聞いてない…と思います」
「戦争映画の傑作でさ。みんな死んじゃう系。いばるやつも死ぬ、せこいやつも死ぬ、若僧も死ぬ、ベテランも死ぬ。人間性を捨てたやつも死ぬし、捨てなかったやつも死ぬ」
「みんな死んじゃう系」
「こうすればよかったのでは、という選択はなく、こうすれば生き延びれたのでは、といった道もない。それがしっかり説明されていく。賢ければ生き残れる、なにか知恵がまわれば生き残れるみたいな状況ではない。四囲を死に囲まれて、その死の壁が十分高いので、その中で賢さや人間力やらをくらべても、ごまつぶの背比べが凸凹してるだけで死んでいく」
「壁」
「死の壁のなかでぐずぐずと、たがいに空気を読みあいながら死んでいく。軍隊は、軍規と、命令系統と、兵站とがあるんだが、海軍が輸送艦をぼこぼこ沈められてるのに、陸軍は前のめりに兵士を送り込むから、兵站がなくなって下から崩れていく。兵站がなくなり、命令がなくなり、軍規がなくなる」
「組織として崩壊していくんですね」
「そう、まず組織として、次に個人として崩れていく。そして各人が人間性を、一部を残しながら捨てていって生き延びていくんだが、どこを残しながら捨てていくか。残しかた、残す部分が人によってちがっていて、バリエーションがある。それがみんなちがうんだよ、という映画だ。みんなちがうが、そこに優劣はなくて、どの残し方をしたら生き残るということはなくて、みんな死ぬ」
「みんなちがって、みんな死ぬ、と」
「うまいことを言うね。この、こうすれば生き残ったのでは、こういう人間性の残し方なら生き残ったのでは、という、ごまつぶの背比べを、丹念に描きながら丹念に潰してある。予算はないかもしれないし、歯がきれいなのが気になったりもするが、すみずみまでしっかり作り上げられた戦争映画だ」
「ふむふむ。あ、すみませんー。この…だし巻き卵を。あと…?」
「ねぎの焼きびたし。それと、これを、ストレートで。はい、お願いします」