TRPGでの情報の展開/削りと埋め
TRPGでの情報の展開に、以下のようなものがある。
ディストリビュータがルールやサプリメントなどコンテンツとして販売・提供した情報に、ゲームマスターがシナリオという情報を付け加えて、プレイに持ち込む。プレイでは、この情報を、プレイヤーの行動に対応して少しずつ切り出して与えていき、全部与えきったら終わる。
たとえばいにしえの、2003年3月発表のCuteSisterTRPGでは、いきなりミッションの全体像を数値化して与える。それは、すなわち、ある一人のお兄ちゃんのHPを削りきることである。お兄ちゃんの防御仕様が、そのままミッションそのものとなる。各プレイヤーキャラクターは、手持ちの萌えスキルを、様式化されたシチュエーションの中にあてはめて萌えマヌーバとし、お兄ちゃんを攻撃して、HPを削っていって、ゼロにまでもっていけば終わりだ。
これは、一種のレイトレイト深夜アニメの構造論であり、たいへん見事な作品である。
このCSTでは、最初に全体像をどかっと明示して与えてしまうものの、ルール上は、シーンプレイヤーの指定・場所の選定など、まだまだゲームマスターに強い職権が付されていた*1。しかし、現場の運用としては、それは急速にプレイヤーの職分へと移行していった。たとえば、プレイヤーが、『じゃあ次はお風呂場のシーンをもらいますね』などと言って*2場面自体の指定を行う、といった運用をされていたのである。
Aの魔法陣では、この指向がより具象化されている。ミッションはやはりいきなり数値化して与えられる。『今回の目的は、学園祭を楽しむことです。難易度15、1ターン』。そしてしばしば、そのあとを切り分けていくのは、ゲームマスターの仕事ではなくて、プレイヤーの仕事である。『では次のシーンに行きます』という台詞*3、つまり主導権が、ゲームマスターではなくて、プレイヤーのものとなりうる。これはダイナミックである。
Aマホでは、プレイヤーの台詞で
「難易度20ですか。20は低すぎるな。『神の存在を確信させる』を加えて、30に上がりませんか?」
極端な例だと(「神様が多すぎる」Aの魔法陣リプレイブック)ゲームマスターが完全に呑まれて、流されてしまっており、プレイヤーの主導権下でプレイが進む。ゲームマスターは難易度を評定しつづけるのみで、内容はプレイヤーが展開させている。こうなるともう、プレイヤーが自分でシーンを切って、自分で消費しているといえる。ゲームマスターが「それだと難易度いくら」「それなら難易度いくら」と言っていると、プレイヤーが勝手にそれを埋めて、終わらせる。すごいありさま、その成立っぷりは、圧巻だ。
こうなるともう、作中で「難易度を削る」と表現されてはいても、削ったり、切り分けたりはしていない。プレイヤーが、それぞれ持ち寄った自分の教養でもって、難易度100を埋めている。
元来がTRPGというのは、教養主義と非常に角度の近いゲームである。なぜというに、ディストリビュータの埋め残した空隙を埋めるのは、ユーザーの持つ情報であり、したがってユーザーには自前で情報をためこもうという動機があるからだ。強力なTRPGプレイヤーは教養魔人である場合が多い。
*1 シーンプレイヤーの指定・場面の選定などは、ゲームマスターの職権ということになっていた
Cute Sister TRPG3.2「シーン」等を参照。
*2 『じゃあ次はお風呂場のシーンをもらいますね』とかいって
CSTセッション#夏祭り 第1回 たとえば;
【ナナPL】 使用予定「スポーツ衣装」 シーンタイトル「新しい水着」で。 ...
【メフィPL】 夜に兄の部屋がいいです ...
Aマホのオンラインセッションは高速運用を旨に改良されてきているらしく、はるかに早まっているという。
*3 『では次のシーンに行きます』という台詞
ちなみに、同系列のゲームであるAマホとロータスシティとの違いが、シーン制御権の扱いにある。ロータスシティでは、シーンの制御はカードデッキが担当している。
*4 この難易度調整が実質上、プレイヤーによるシーンの制御手段になる
なおAの魔法陣の初版(アルファシステム・サーガ)では、「シーンを作るのはセッションデザイナー」と明記されている。プレイヤーが難易度を上げるようになるのは、成功要素数の制限が厳しくなり、チャット上での運用が増してターン制限の明確強化された2.5版からという。
本エントリ作成にあたりみはえるさん、高橋志臣(白河堂)さんとのチャットを多大の糧とさせていただきました。
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