指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

涙と汗と2d6/OCSにおける補給物資消費システムとS字曲線

図2 ロジスティック曲線その2

Translate this document into English: OCS and 2d6

 さてそれはそれとして、ウォーシミュレーションゲームにおける6面体2個振りの素晴らしさの輝きかたを、Operational Combat Seriesについて語りましょう*oc

 OCSは1ヘクス5マイル(=8.69km)、1ユニット1個連隊(千数百人)の作戦級ゲームで、


第1プレイヤーの通常移動

第2プレイヤーの対応移動・対応砲撃

第1プレイヤーの通常砲撃・通常戦闘

第1プレイヤーの突破移動・突破砲撃・突破戦闘

…を繰り返すオーソドックスなシークエンスで進みます。アクションレーティング(AR。練度や戦術教範の優位を表す)による部隊の質的評価、モードによる部隊の能力変化、予備マーカーによる対応/突破フェイズの行動許可なども、いずれも既存のゲームシステムです。本稿で着目する補給物資についてすら、たとえば1979年のCampaigh for North Africa(日本語の紹介:NATO Division Commander (SPI))で先行実装されています。

 OCSの素敵なところは、そうした30年前のモンスターゲームたちが実装していった無数の仕様(上記CNA/NDCの紹介を参照)を採り入れつつ、できるかぎりプレイアビリティと引き合う形でそれらを分解し、削り、再構築している点です。なにも水と油を蒸発させ、飛行機一機に搭乗員一人を割り当てさせる必要はないのです。歩兵師団の疲労も司令部の支援も、補給物資消費のシステムが内包していることにしてしまえ。作戦計画の事前プロットの要素は、移動/戦闘/予備/混乱/戦略移動の5つのモードに担わせてしまえ。戦場の霧(索敵能力の制限)も、1d6コラムシフトの極悪な奇襲判定と、「スタックの一番上のユニットだけ見れる」とで十分だ…

 このような仕様とプレイアビリティのトレードオフ、折り合わせが、OCSでは美しく決まっていると申せましょう*ol



 さてそこで、この補給物資消費というやつについて論じますと、OCSでは攻撃にも移動にも防御にも砲撃にも補給物資マーカーを消費します。基本的に攻撃1個連隊につき1Tを使い(1 Token=375トンぶんの燃料弾薬食料その他を表す。一般に「油」と呼ぶ)、移動だと機械化ユニット1個連隊につき1T(徒歩ユニットは0T)、防御は1個連隊で1Tで2個連隊以上は2T、砲撃は総計火力によりますがだいたい4T~8T消費あたりに効率のピークがあります。

 この油消費のシステムによってどんな仕様が実現されているかというと、まず、通常のウォーゲームとくらべたとき、毎ターンの攻撃のかけかたが劇的に変わるということです。

 通常、ウォーゲームでは、戦闘結果表の戦力比5:1ぐらいのところに「攻撃をかけてもよい」閾値があり、攻勢側プレイヤーは毎ターン、戦線のできるだけ多くの箇所でこの5:1比率の攻撃をつくるようにユニットを振り当て、そして余ったぶんは5:1に加えて6:1や7:1にします。

 それに対してOCSでは、毎ターンの油供給量の少なさからして、毎ターン戦線にいる全部のユニットを使って攻撃することは、とうていできません。攻撃とは油を消費してそれを相手への損害に変換する行為であり、その変換効率は、攻撃を行うユニットのアクションレーティングと額面戦力に依ります。ですからARか額面戦力か、いずれかに優れた部隊だけが攻撃に用いられる。では弱い部隊はというと、防御における油の消費は、2個連隊以上は2Tで打ち止めですから、2枚以上は何ユニットいても、それらが低ARで低戦力な質の悪いユニットであっても、油消費ゼロで役に立つわけです。というわけで、弱い部隊は防御線の2連隊目・3連隊目として防衛任務に就かされることになります。

 で、ここでさらに、実は、優れた部隊で攻撃をかけることすら、毎ターンはできません。というか、すべきではありません。なぜならば、2ヘクス幅で切れ目なくつながった教本通りの戦線が安定している間は、毎ターン同じ攻撃を当てていっても、油消費量の差(攻撃側の1T/1個連隊全額に対して防御側の最大が2T)で吸収されてしまうからです。消費に見合う攻撃を当てるには、相手の戦線が崩れ、各部隊が孤立した状態である必要があります。

 そこでOCSでは、攻勢を控えて数ターンお休みし、油を貯める、という行動がみられることになります。つまり、大量の油を単一ターンに一気に消費して大攻勢をかけ、敵戦線を複数の箇所で切り破って、蹂躙と包囲の地獄の釜をそこここで形成しなくてはならないのです。

 これを別の言葉で言うと、防衛側に戦線が引かれている間は、作戦レベルでの(油→損害の変換の)効率の良い攻撃をかけることができない、したがって状況を陣地戦から運動戦に持ち込まなくてはならない、となります。

 いったんこれに成功し、敵防衛線の連絡を断って混乱させたら、攻勢側はその状態をできるだけ長く維持し、防衛側に新たな防衛線を形成させまいとします。防衛側は孤立した部隊を隙間から脱出させ、別の方面から増援を派遣し、かなうなら突出した敵先鋒を叩いて、後方陣地で攻勢を食い止めようとします。混沌の中で苦闘が繰り広げられますが、たいていの場合、やがて油が尽きて攻勢は止まり、防衛線が再構築されます。

 そしてまたその防衛線を打ち崩すために油の蓄積がはじまります…



 さて、このような補給物資消費のシステムにおいて、重要なのは油消費量と敵に与える損害との間の変換関係の設定、関数の定義です。作戦レベルでは上で述べたように蓄積と縦深突破が綱領となりますが、その具現化たる戦術のレベルでは、先述した油の消費ルールと、そして戦闘結果表(CRT, Combat Resolution/Results Table)が、プレイの様相を決定します。しかしてこの戦闘結果表で、OCSにおける6面体2個のロジスティック曲線がお目見えするのです。2d6教信徒の方々、お待たせしました。信徒でない方々は心の準備をしてから、こちらの御聖体をごらんください:OCSの戦闘結果表 OCS Version 4.2 tables 2ページ目

 信仰を持たない人には目が潰れる思いがするかもしれませんが、AL2は「攻撃側2ステップロス」、Ao1Do1は「攻撃側1オプション/防御側1オプション」、Ae2DL2o3DGは「攻撃側突破成功(AR値2以上)/防御側2ステップロス3オプションかつ混乱」などと読みます(これらの呪文の断片をおぼえたからといって、さっそく土曜の夜に悪魔を呼び出そうなどと思わぬように。習熟を要します)。おおまかに色塗りしておきましたが、攻撃側にとって赤い範囲が失敗で、青い範囲が成功です。上段にある1:2、1:1、2:1などが戦力比で、地形(Openは平原、Closeは森林等、ベリクロが都市や湿地で、エククロは大都市)と合わせてどの欄を使うか決まります。縦軸が2d6の出目で、そこに攻撃側と防御側のAR値の差が加わります*ct

 この表上の結果は、見た目ほぼ単純に斜めに推移していっていますが、2d6振りによって適用されるために、その実質はロジスティック曲線、しかも修正値の重みの大きい地獄仕様のロジスティック曲線となっています。この地獄仕様というのは、昨日と一昨日とに触れた話で、2d6ゆえに修正値+1の重みがきつく、かつ閾値を持って効いてくるということです。

 したがって信心ある善男善女には、このCRTが実体として、AR値と、そして戦力比を1あるいは2上げる度に+1修正のつく、2d6ロールであることが見抜けるでしょう。そしてその+1修正が4:1までは比較的容易に得られるが、6:1、8:1とつくっていく時にはそれまでの2倍の戦力投入によって買い取らねばならないこと(ベリクロ・エククロの険しい地形だとその倍数が3とか4とかになるということ)、しかもその場合には、だんだんに額面戦力値の悪い部隊を動員していかねばならないわけで、それによってさらに油消費の効率が悪くなっていくこともわかるでしょう。

 このような仕様によって、OCSでは、時として気楽に戦力投入/非投入の決断が行えますし、そして時として、煩悶し血反吐を吐きながら戦力投入/非投入の決断を行わなければなりません。たとえばOpenやCloseの地形で、額面戦力やARに優れた一線級の部隊を投入でき、安価にロジスティック曲線の閾値以上の範囲に、たとえば戦力比8:1/AR差+2などに到達できる場合は(上図点F)、悩むことはありません。すでに得るべき値を得ているのですから、それ以上油を無駄に使うことなく、効率的に殴ることができます。一方、ベリクロやエククロの緊密な防御地形で、一線級の部隊だけでは戦力比2:1/AR差0しか立たない場合などには(上図点C)、軍司令官は、2d6振りにおいてダイヤのごとく貴重なあの+1修正を稼ぎ出す為に、二線級部隊を投入し、したがって膨大な油を捻出しなければなりません。いまそれをなすべきなのか? 明日、一線級部隊が到着し、その他もっと準備が整うまで待つか? それまでに防御側の予備部隊が到着してしまうのではないか? 攻勢はすでに限界に来ていて、防勢転移すべきなのかも? それとも成功が、敵の完全な崩壊が、あとわずか一押しのところにあるのだろうか?

 もしも、上図のグラフがS字型ではなくて、簡単な右上がりの直線だったとしたら、この気楽さと血反吐との差は減ることでしょう。なぜなら有利な戦闘でもいくらかは失敗の確率が残るので、用心のために二線級部隊が投入されることになりますし、あるいは一方で、それらを不利な戦闘に投入する意味は薄れ、一線級部隊だけで攻撃することになってしまうからです。違う言い方で言えば、2d6の素晴らしさは、各部隊の投入/非投入の決断が、それぞれの部隊の能力からだけでは判断できなくなるところにあります。

 低額面のユニットを注ぎ足しながらやっと、なんとか見れないこともない戦力比をつくり、莫大な油を費やす、半泣きで。そうせざるを得ない場所が、盤上にやがてあらわれるからです。そこで大枚をはたいて買った、あるいは買わずに見送った+1修正が、果たして乗るのか、反るのか… OCSは僕を(あなたを)待っているのです。 (アスキーアートで言うと、m9(・∀・)!






[oc] Operational Combat Series

 OCSは1992年以降8作品を数えるゲームシリーズで、The Gamers/MMP(公式ページ)というメーカーから出版され、また2005年から2007年あたりにかけて2作品の出版が見込まれている。噂に聞くところではこの会社は、メジャーリーガーの誰とかいう選手(※レッドソックスカート・シリング)がSLG好きだもんで出資して成立しているのだという。(別のウォーゲームメーカーで、ゴルフ用具メーカーの社長がやはり半ば趣味でやってるんだとかいうのもあるらしい。)恐ろしい世界である。このシリーズも、プレオーダーの募集が450部〜などという規模(最近再版された"DAK2")のしろものであるが、1944年のウクライナの東部戦線の包囲/解囲の機動戦や、シシリア島作戦、インパール作戦前後のビルマでの日英対決などのマイナーな戦場から、1941~42年のモスクワ前面の攻防などメジャーテーマまでが並ぶ。日本語の解説ではKenobiの隠れ家内Operational Combatが詳しい。他には指輪世界内に関連リンクをいくつか挙げておいた。値段は$50~120といったところ。



[ol] 仕様とプレイアビリティの折り合わせ

 ウォーSLGにおいては、実装したい仕様には事欠きません。命令系統と指導者たちによる拘束(ああっヒトラー/スターリン様っ)、兵組織および国民の士気あるいは政治的意義に基く戦略的要請("キエフはこれまでソヴィエトであったし、いまもソヴィエトであり、ソヴィエトであり続けるだろう…… 撤退は許さない")、用兵思想/ドクトリンによる拘束、移動や命令伝達の遅延/失敗。そしてまた戦闘序列上の各ユニットそれぞれの(小火力の砲兵ユニットを砲撃結果のステップロス吸収用に使うなどではない)存在意義、使いどころ。

 それらの仕様は山のようにあり、どれも実現したくてたまらないものではあります。30年前、それらの実装は肥大化していったわけですが(参照:ウォーゲームハンドブック4章How to Do It Yourself"Keep it Simple... Once you get going there are tremendous temptations to add this and add that... The game designer is sorely tempted to go deeper and deeper.")、しかし、卓上ボードゲームには固有の(コンピューターゲームにはコンピューターゲームでそれ固有の)拘束があるわけです。すなわち人間の運用能力です。それは、卓上ボードゲームのデザインにおける物理的拘束と言ってもよろしい(コンピューターゲームでの主拘束は、開発資源の量?)。したがって、希望の仕様とそれらの拘束とを巧妙な、絶妙な、すごい具合に折り合わせて実装するのが、ウォーゲームデザインの指針のひとつとなります。OCSの収めた成功はここにあり、30年間でウォーシミュレーションゲームはちゃんと進歩を刻んだのだと言えるでしょう*oa



[oa] OCSのルール

 卓上ゲームのルールについては、なにげなく「多い」とか「難しい」などといった言葉遣いがされることがよくありますが、これは理解の手間と運用の手間という二つの概念を混合してしまっている言葉であり、やや危険です。

 たとえばOCSでいえば、そのルール構成はわかりやすいものではなく、末梢な細部の規定も少なくありません。しかしそれは、実際の盤上のプレイでの手間、煩雑さを意味するものではありません。読み整理し理解するまでの手間が軽視されている一方、いかに盤上のプレイの手間を省きスムーズに進行させるかについては、大いに心が砕かれているからです。ですからOCSのルール量の配分は、砲撃や攻撃といった恒常的に使われる部分ほど軽く単純にされており(※あくまでボードSLGのモンスターゲーム基準からみての話)、たまにしか使われない箇所に細かい規定がごちゃごちゃ残されている傾向があります。



[ct] 戦闘結果表の解説

 専門的な興味のために付け加えておきますと、OCSでは、素晴らしいことに、地形による装甲兵力への影響などはすべて双方の戦力値合計を算出する段階で処理されてしまっており(それもx2になるかx1.5になるかx1/2になるかといった程度)、戦闘結果表上でコラムシフトを与える要素はありません。2d6振りへの修正もAR値の差分のみで他は一切ありません。ちょうど一つ上の脚注で触れている「よく使う部分の運用性」の典型です。

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