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死に票という言葉はぬるい

 死に票という言葉を使う人は、大体で言ってぬるい。

 死に票になることを避けようとして投票している時点で、その票が死に票になっている。そして場合によっては、死に票になる以上に悪い。

 死に票を避けて意味があるのは、記名式投票で選挙後に当選者からなんらかのキックバックがある場合か、公約履歴その他の属質がそっくり同じ/注目している公約が同じ候補が数人いて、一方に票を集めないと落選しそうな場合か、政党指導部に戦術判断を委託して、組織的に票数配分を行う場合だと考えられる。



 選挙投票はふだん人間のしている意志決定とはけっこう違う性質がある。通常、人間のする行為は、記名式だが、選挙投票は無記名だ。また、他人と投票を論じ説破されあるいはし、つまり他人の選挙活動を受けそして自ら行う、ことをしない場合には、個人がただひっそり一票を投じるという行為が結果に影響を与える可能性は極めて低い。こういうのは人間の生活であまり出会わない状況なので、難しいのだが、そこへ気軽にふだんの意志決定モデルを援用すると、へぼい考えになる。そうして死に票という考えが生じてくるのだと思われる。


 結果が一票差の選挙というのに立ち会う可能性は極めて低い。だから、自分がひっそりと個人的に投じる一票が意味をもつ可能性は極めて低い。しかし、当選者に入れた一票であれば、それが一票差の選挙でない普通の選挙でも、落選者に入れた一票とは違って(なぜ?)、意味のある一票になる。なぜなら落選者に入れた一票は、当選させるために入れた一票であり、それに失敗した一票であって、意味が無い。当選者に入れた一票は、当選させるために入れた一票であり、成功しているのだから意味がある。成功した行為には意味がある。

 中間目標に成功すれば意味がある、という誤謬だ。

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