指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

アンチの方々は何を遊んでいるのか?

「それって、夏のイベントだっけ、それでずいぶんファンがアンチになったそうだね。それはやっぱり運営が温度感を間違えたとか?」

「ああ、それはあまりそういうふうに考えても的に当たりづらいですよ。アンチの方々っていうのは、おそらくその半分ていどは、アンチをやるっていう遊びをしているんです。一種の一般的な技能訓練の遊びですから。」

「なにそれ?」

「昨今の世の中では、なにかトラブルがあったとき、『いかに素早く自分が被害者の立場に立てるか』がひとつの勝ちパターンになっている面があります。トラブルに際して、自分は被害者であり、正当な処遇を受けておらず、補償されるべき存在である──そういう解釈を瞬時に組み立てて相手につきつけることができるか? そういう一種の解釈の早撃ち勝負の勝ちパターンです」

「ほう」

「被害者解釈を即座に巧みにつきつけることができれば、そのお店なり施設なり、公式なり運営なりになんらかの補償を提供させることができる。それは勝ちパターンのひとつなわけです。これは、日本の商慣習においてトラブルに対してその補償がかなり多めのバランスになってきたために、あるていど過補償が起きていて、業務を改善させる利益よりも過補償を得ることを望む戦略が強まってきたためだと思われますね。改善よりも補償を要求するほうが利得の期待値が高いわけです」

「そういうものかな」

「いわゆるアンチをやっているあの人たちの半分くらいは、自分の属する社会一般のそういう勝ちパターンを意識的か無意識下でか感じ取って、日頃からその訓練をして遊んでいるということだと思いますね、掲示板とかでね。公式なり運営なりがおこなう一挙手一投足をずっと監視観察して、その一挙動に対してどれだけ速く『こう解釈すれば俺たちが被害者という構図になる!』という書き込みをすることができるか。それを競って遊んでいる。より速くより巧みな被害者解釈を書き込めれば優秀で、その技能が互いに学ばれ磨かれる。クレームの早撃ちの訓練校、被害者意識の自主ゼミといったような趣きですね」

「クレームが業務を改善させる手段ではなくなっているということ?」

「そう。手段ではなく、目的になっていて、それを遊んでいるという人たちがいるわけです。それはそれで技術的蓄積や進歩がきっとあって、実用性も備えた楽しい娯楽なのでしょう。遊びっていうのは、けっこう社会で実用性のある技能の流行りを反映したりしているもので、いつか本番でトラブルに遭遇した時に、ここで培った技能が過補償を得るための手段になる」

「うーん?」

「だから先輩がさっきおっしゃったような『公式や運営が具体的にどう改善できれば彼らのクレームが減ったのか?』というふうな考えをしてみても的にあたりづらい。そうした人たちのやっているレトリックの技能の遊びにおいては、運営に要望を叶えてもらいたい、運営を動かして業務を改善させたいと実は思っていないですから。これはその掲示板などの参加者が互いに見せあって互いに評価する遊びであって、運営に見て読んでもらう必要はないんです。彼らのする行動は、たとえば実現可能な要望の立案整理や署名を集めたり等などといった行動ではないし、『業務を改善させるための行動をしようとしているがそれが下手なのでああしたことをしている』のでもない。彼らは下手なのではない。巧みに上手に遊んでいるんです」

「まわりくどい理屈だなー」

「ですかね? だから、なにかをきっかけにして『多くのファンがアンチに変わった』と考えるのもまた違っていて、こういう遊びをする人たちがその題材にやってきた、アンチ遊びの監視対象に新たに選ばれた、というほうが近いと思いますね。この遊びは一定以上の頻度で公式がなんらかの挙動を行う題材であればなんであれできるので、彼らはいろんなジャンルのいろんなタイトルでこれを遊んでいる。そして、それはそれで楽しんでもらえばよいじゃないですか。それもまた娯楽なんですから。」

「どうなんだかよ」

「ここらへんはなかなか面白いところだと思いますね」

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