血戦MMORPG チーターvs因縁
MMORPGで、レアアイテムを入手するためにクエストをいくつか、それぞれに計画を立ててパーティを編成してクリアし、そして他のPCと素材を交換して、クラフトスキルでもって合成する。こうしてそのアイテムが手に入る、という仕様が実装されていたとする。この過程が楽しく設計されていたとする。
ところがチーターが大量にそのレアアイテムを入手して、貨幣と交換して市場にじゃかじゃか流した。
そうすると、そのアイテム関連のクエストに行く奴がいなくなって、「計画を立ててパーティを編成して」の部分が成立しなくなり、遊べなくなる。
このようにしてそのレアアイテム関連のシステムがスポイルされたわけだ。
さて、このスポイルと引き換えに、チーター側は、チートツールの開発、あるいは、その情報をいち早く入手して、対策される前に適切な秘孔に応用するという、アプリケーションレベルでのゲームを遊んでいる。
しかしそれらの遊びはゲーム内資産を蓄積する必要なく遊べる。それらはプログラミング技術か、ネットゲームアングラ方面の情報巡回習慣でもって遊ぶゲームであるからだ。
一方、堅気な「計画を立ててパーティを編成して」のほうは、そのゲームに投資してきた百千余時間のゲーム内資産がなくては遊べない。
したがってチーターのアカウントを潰してチーターのゲームをスポイルするのと、チーターの跋扈を許して堅気のゲームをスポイルするのとでは、堅気の側のほうが大きな損害を生ずる。
言い換えると、チーターのしているアプリケーションレベルの遊びは、あるゲームのアカウントを潰されたら、別のゲームのアカウントを作ってすぐに同じ遊びにとりかかれる。一方、堅気の遊びは、別のゲームに移って、数十レベルまでまたレベル上げを、そしてそれと同時に、それに伴って、人脈を積まなくては遊べない。
ここでこの人脈という資産も、ちょいと見逃せない。「計画を立ててパーティを編成して」においては、その計画への人集めが半ば以上、ゲームになっており、娯楽である。それを成り立たせているのは、ある程度のレベルまで頻繁に、あるいは折々に、パーティを組んだり些細な袖振り合いをしてきた、顔見知りのプレイヤーとの間の因縁である。濃いにせよ、薄いにせよ、なんらかの脈絡があってこそ、人集めにあやが出てきて楽しくなる。
この面から見るなら、MMORPGにおいてゲームプレイというのは、それを通じてこの因縁を蓄積するための、口実のようなものと言いうる。たとえばものすごいレアアイテムを拾って三日でレベル40になったというのと、因縁を積みながら半年でレベル40になったというのとでは、この面で大きく違う。
そういうゲーム内資産を積んだ側からすれば、それをスポイルされることのコストはかなり高い。チーターのコミュニティは、特定のゲームに囲い込まれていないので、そのようなコストは低い。
ゲームは、他のシステムに、サブシステムとして入っていることがある。たとえば仕事が、ある一定の時間に、ある一定の職掌において、ゲームになっていたりする。セールスマンには、巡回がゲームたりうる。あるいは、参謀将校にとって、戦争はウォーゲームたりうる。歩兵にとって、戦争はFPSたりうる。
だが、それらは一部の立場の人間の、それも短期間なことであって、セールスマンが、一瞬、これはゲームになっている、という時間を過ごしたにしても、全体としては依然仕事である。参謀は平常、連絡業務をえんえんとしており、歩兵は、待機と訓練と行軍とをえんえんとしている。そして師団の7割は、後方支援と補給業務担当の人員である。
MMORPGも、システムの一部がCRPGであるからといって、全体をゲームだと考えてはぬるい。
ときおり、MMORPG内の事象について、なんだかんだいってもゲームじゃないか、目くじら立てておとな気ない、といった半可なくちを言う人がある。そうではないのだ。
ざっとこんな理屈になる。
参考:MMORPGと犯罪と労働と魂
(追記)
ここ数十年の日本では、法環境と司法体制が整備されているから、何か他人の迷惑になることを、「それは法律違反だから」「犯罪だから」やらない、という態度で、他人と暮らせる。そういう規条的な態度で自然に良いと感じられるし、現にそれで済む。この類の態度は、既存の法環境と司法体制に依存した、その上に乗っかった倫理論であり、功利の観点が欠ける。
数百年間、対立と協調の実戦を経て、囚人のジレンマのDDが回避され功利のソロバンがバランスした、その先人達の仕事の残余物が法律だ。先人が利害の均衡点をまがりなりにも割り出してくれているから、その点に拠って「法律違反だから」「犯罪だから」など上辺に議論を組み延ばしても、それらしくはなる。
MMORPGは新しい分野であり、法環境と司法体制が整備されていないので、こうした倫理論の底抜けするさまがよく見える。