指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

ムスカがいかに悪役として優秀か

 ムスカの悪役として優秀なのは、若僧であるところである。物語における悪役は、強大でありながら、主人公たちに打ち倒されうる隙を備えていなければならない。狡猾でありながら間抜けであり、チェックメイトをかけながら説得力ある負け方をしなければならない。これは矛盾しやすく、難しい問題である。水も漏らさぬはずの一大犯罪計画に小学生でも気付く穴があって小学生たちに崩壊させられたり、悪辣非道の残虐帝王がヒーローの馬鹿丸出しテレフォンパンチにノーガードな接待プレイをして負けたりする。

 ムスカはこの問題を動的に解決している。

 つまり序中盤、「ムスカが主人公たちを抑えつける→突発事態が生じてアクションシーンに→ムスカが事態に臨機冷静に対処し立場を強める」という展開が繰り返される。ここではムスカは狡猾で、アクションシーンが一段落したとき、つねに得点を増やしている。得点が増え立場が強大になっていき、倒されるべき悪役としての格が上がっていく。にもかかわらず、冷静度は逆に下がっていき、将軍との対決を境に怒涛のヒステリーを爆発させ、敗れる。

 言い換えると、何を考えているかわからないゴルゴは強く、ゴルゴに追い詰められて退場5秒前の死に役は心のうちをべらべら喋ってから死ぬ(内語と主人公の優位)。序盤、冷静で正体不明な悪役が、手の内をさらしていく(呪文を知っている筈だとか真の名とか読めるぞとか)ことで立場的には強くなるが内語(精神的物語構造)的には弱くなって負ける、というつくりである。

 カリオストロ伯爵は最初から一国の領主であると同時に一大犯罪組織の運営者であるので、この冷静・ヒステリー・敗北の三段活用にやや説得力を欠く。特に時計塔に入ってからはトバしすぎで、指輪やクラリスにそんなに価値があるのか? という疑問が生じる(唐沢俊一『B級学』)。その点、ラピュタには世界を制する大きな価値があり、さらに、軍という組織的暴力(理性による指揮)によって主人公たちと対立していた悪役が、逆にその軍(人間集団)を排除し、個人として強大な力を握る、という図式の不安定さが、ヒステリーに説得力を与えている。

 ある意味で、急激に力を得た若僧の(あらまほしくない)成長物語が、ムスカである。だからやることが怖くて詰めが雑で負け方はみじめである。



(2003.08.22 指輪世界 ityou)

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