エポック『日露戦争』とボードSLGの狂気の消費
ボードSLGの古典『日露戦争』(エポック)は、簡易なルールでありながら、西の旅順港攻略と北方満州平原での戦いとを平行して計画・遂行する展開を実現した、優れて思考を誘うゲームである。『坂の上の雲』(司馬遼太郎)という副読本もあり、騎兵旅団の3ヘクス戦闘後前進に萌え萌えすることが可能である。満州平原の地勢により、通常のSLGと異なり、後退すると戦線が広がるため、ロシア軍のジレンマが大きくて楽しい。山地での補給線の奪い合いも痛快だ。押し込んできた敵を一瞬の戦機をついて反撃し、ZOCで包んでやった時などたまらない。しかし、各陣営の二方面への戦力投入の按配に高い自由度を許しているため、研究が進められた結果、いくつかの狂った戦略が発見されてもいる。具体的にはそれは、ロシアの旅順守備兵力大量投入戦略である。
『日露戦争』の勝利条件は、
この狂った展開を是正すべく、旅順のVPを下げ奉天方面のVPを上げたとしよう。しかしそうすると今度は、日本軍が旅順を軽囲したまま放置し、全力で北上するという、これまた狂った展開を呼ぶことになる。といって、戦力配分を五分五分にするよう予定調和的ルール調整を行った場合、本来の美点であるはずの戦略的自由度を失うことになる(=陰謀ルール)。
この問題は八方塞りであり、自由度を保ったまま狂った展開を排除することはできない。
どうしてもできない。
そしてこの思考実験のすえに気付かれるのが、「狂っているのは史実であり、堅固な旅順要塞を平押しした知識不足の日本軍だ」ということである。旅順攻略の目的は満州への補給路のための制海権確保であり、旅順艦隊が連合艦隊によって旅順港に押し込められている以上、観測点を確保したうえで砲撃でもって艦船を沈めてしまえば事が足りる。要塞をおとさなくてはならないわけではない。
日本軍には、旅順要塞がかつて半日で落とした日清戦争当時のそれではなく、最先進の築城技術でつくりかえられた近代要塞であるという認識が足りなかったのだが、もっと言えば彼らはまず「要補給路確保→要制海権確保→要旅順艦隊無力化→要旅順奪取→要旅順要塞陥落。よろしい、陸軍の任務は旅順要塞陥落であり、第三軍がそれをする」と考えた。
その思考を、最初の攻撃で要塞の堅さが判明した際に、「旅順堅い。兵力消費ひきあわない。艦隊無力化は、要塞陥落という手順をすっとばして砲撃で行おう。砲撃で沈めたら、あとは要塞を軽囲して北に行けば済む」と切り替えればよかった。しかし任務としては旅順陥落を下命されていたので、そう発想することができなかった。そのため、2EXが平気で出るブラッディーな戦闘を押し進めることになった。男子が一度、「任務:旅順攻略、了解しました」と言ったのだから、軍人としてその言葉を全力で実行すればいいのだ、それ以外のことに気を回すのは不純だ、海軍に対しても陸軍がそれをやると保証したんだ、などといった考えもあったかもしれない。しかし、指揮官がそうしたハッタリを見せるべき相手はあくまで部下たちであって、上級指揮官に対しては違う態度がとられるべきではないのか……
このように、歴史上の人々が狂っていることから、今われわれの前に狂ったゲーム展開が出現するのである。ゲームとは、トライ&エラーのシミュレーションを通じて特定の複雑なシステムを表現するものだが、以上のような議論が行われ、理解されることをもって、エポックの『日露戦争』というゲームがゲームとしてその表現を完遂し、消費されたといえる。
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