指輪世界の第五日記。基本的に全部ネタバレです。 Twitter 個人サイト

理屈屋にとって、安物を避けるほうが楽なのはなぜか

 「わかった、理解した」という感覚を発生させる、特定の脳内物質か、ニューロンかなんかがあると思うのですけれど、そこを発火させるのが理屈屋さんの基本的な手段(武器というか中間目標)です。エロゲやさんの基本手段がユーザーの脳内のハァハァスイッチを入れることであったり、コンシューマゲーム屋さんならば、「できた」という感覚を発生させることであるように。そういう武器(魅力/報償)を引き綱にしてユーザーをひったてまわして、時に天に昇らせ、時に地獄の底にたたき落し、脳味噌をぐらぐらに揺らした末、どこか(とんでもないところか元の日常か)へ連れて行くのが、あやしいおにいさんおねえさんの仕事……なのかどうかともかくとして……

 で、「わかった」感を発生させるには、最初わかっていない事柄を題材にしなければならないわけです。このとき、ユーザーがこれまでに意識したことがなかったもの、視界/思考の外にあったものを題材にすると、安定。よってレアなものをネタにするほうが安定で、安物をネタにするのは難しい*ym。ざっとこんな感じです。



[ym] 難しいっつっても一様にネガティブに捉えるわけじゃないの

 話題がずれます。余談。時折みかける誤解で、たとえば二人議論してるひとがいて、一方が「これこれのアプローチは難しい」と論理展開したときに、相方が、じゃあそのアプローチは駄目だと言いたいんだな、奴はそれが嫌いなんだな、と受け取ってしまうことがあります。これはミスで、実際には、困難なボトルネック、峠があるけれど、そこをなんとかやりすごして越えられればOK、という話なのです。

 本論の話に戻せば、ずっと皆の視界内にあってすごい安くなってる題材から、かつてない伸ばし方で理屈を接いで、思いもよらぬ事柄まで繋げたりすると、偉大な芸となり拍手喝采が頂ける、ということです。

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